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上田仁が来季ブンデスリーガ参戦へ「卓球で生き方を表現したい」ドイツ移住を決めた理由

2023.04.08
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2023.04.08

ブンデスリーガ参戦を決意した・上田仁

 TリーグのT.T彩たまから3月31日、上田仁の退団が発表された。その2日後の4月2日にはドイツ・ブンデスリーガ男子1部のケーニヒスホーフェンが上田の加入と2023-2024シーズン参戦を発表。

 来季もTリーグを引っ張っていくと思われた彼がドイツ行きを決めたのはなぜなのか?

 2年前に購入したばかりの新居を手放し、妻と2人の子どもと家族4人で移住する英断に至った経緯と、できるだけ微細に真意を伝えようと言葉を尽くす上田のインタビューは当初の予定を優に越え、約2時間のロングインタビューとなった。

 上田仁は考える人である。今回のドイツ行きについても「理由はひとつじゃないんで、一概には言えないんです」と前置きしてから話が始まった。

 彼の心の変遷をたどるには15年前まで時間を巻き戻す必要がある。

 始まりは2008年から2009年にかけて。上田はこの1シーズンだけブンデスリーガ男子2部でプレーした。17歳から18歳になる時期で青森山田高校の3年生だった。

「今はもう無くなってしまったハーゲンという2部のチームでリーグトップクラスの成績を挙げたんです。そうしたら1部のチームから翌シーズンのオファーをいただいて。ただそのときは1部でやってみたいという気持ちと自信がない自分がいて、挑戦する勇気が出せませんでした」

ちょうどその頃、中学・高校・大学の一貫校である青森山田学園で卓球部の故・吉田安夫総監督が勇退するかどうかのタイミングで、同学園を強豪校に育て上げた名将の後継には、吉田総監督の下で指導をしていた板垣孝司コーチ(2016年からケーニヒスホーフェン監督)が就くこととなった。

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「中高大、全てのカテゴリーで日本一を取るという使命を負った板垣さんの負担が大きかったので、手伝えることは手伝いたいと申し出て、僕は青森大学でプレーしながら全中(全国中学校卓球大会)のベンチコーチをしたりしていました。板垣さんはドイツへ行った方がいいと言ってくれたんですけどね」と当時を振り返る上田。

ただ今になって思えば、それも勇気のない自分へのエクスキューズ。「今回またブンデスリーガ1部に挑戦するチャンスが巡って来て、ここでまた決断できなかったら心残りになると思いました」と上田は語る。

現在31歳。12月には32歳になる年に思い切ってドイツ行きを決めた理由のひとつである。

 もうひとつ、きっかけとなった出来事がある。2019年秋からおよそ1年間、体調を崩し休養していた時期のことだ。

「オーバートレーニング症候群」という心因性の病気で上田がコートを離れたことは知られている。東京2020オリンピックの過酷な代表争いや2年目を迎えていたプロ選手としてのプレッシャー、当時在籍していたTリーグの岡山リベッツでキャプテンを務める責任感が引き金となった。

その頃、引退も考えた上田に、ドイツにいる板垣監督から「クリスマスシーズンだし、気晴らしに家族で遊びに来ないか」と声がかかった。

重い腰を上げ、妻と当時1歳半だった長男を連れて訪れたケーニヒスホーフェンは人口6,000人程の小さな田舎町。初めてラケットを持たずに海外に行った上田は、長閑な時間とおとぎの国のような街並みに癒やされながら、琴線に触れる金言に出合った。

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チームの大黒柱バスティアン・シュテガーから、「その年で引退なんてもったいない。卓球も人生ももっと楽しんだ方がいいよ」と言われたのだ。

「その言葉をめちゃくちゃ覚えていて。シュテガーは僕の11歳上。実はブンデスリーガ2部に出ていた頃、練習拠点にしていたフリッケンハウゼンにシュテガーがいて、そのとき以来の再会でした。確かにブンデスリーガでは20代後半から30代の選手が活躍していて、現在42歳のシュテガーやティモ・ボルもいまだに強い。それって何でだろうと気になりました」

 日本の卓球界はオリンピック偏重で、パリ2024オリンピック代表選考ポイントはTリーグも対象にされている。今の上田には「自分にとってオリンピックが全てじゃない」という気持ちがあるが、Tリーグではがむしゃらに日本代表を狙う若い選手と戦わなければならない。

もちろんシングルスで力を発揮したいとは思うものの、昨シーズン、上田のシングルスの出場は1回きりにとどまった。オリンピックを目指さないのであれば「何かを変えないと、この先は難しい」と痛感したという。

 そうした中でドイツ行きの選択肢が現実味を帯びていった。

ところが上田は考えに考えて行動する慎重派。「考えれば考えるほど足が動かず、結局答えは『ノー』になってしまう」と自分に染みついた思考の癖と格闘した。

一歩を踏み出せない上田の背中を押したのは妻の充恵(みさと)さんだった。

充恵さんもダブルスで大学日本一になった元卓球選手。結婚して7年、夫のプロ転向も休養も理解し支えたかけがえのないパートナーだ。

「妻は安定した職業に就いていますが、育休を使って一緒にドイツへ行くと言ってくれました。『結婚しているから、子どもがいるからって挑戦しないのは無し。あなたのやりたいことができるのが家族の幸せなんだよ』と言ってくれて。それなのに、なぜ自分は勇気を振り絞れないんだ。まずは一歩、踏み出そう!と踏ん切りがつきました」

 実は上田のもとには来季に向けて、Tリーグのチームやジュニアナショナルチームから監督のオファーが来ていた。そのためTリーグの試合で負けが混んでくると、「日本にいても仕事はある」と弱気の虫が顔を出し、それを察した充恵さんから「引退して指導者になる道もあるよ」と揺さぶりをかけられた。ドイツ行きの決心を試すためだ。

「妻は強い人です。挑戦を決めた僕を周りの人はすごいと言ってくれますけど、すごいのは妻。彼女の周りからしたら『旦那、大丈夫?』ですからね」と笑う上田。

 こうしたいくつかの出来事が層となり、上田のブンデスリーガ参戦は決まった。ブンデスリーガでは今、複数の日本人選手が活躍しており、今シーズン前期の最多勝を挙げたマインツ05の村松雄斗(La.VIES)は来シーズン、強豪チームのザールブリュッケンへの移籍が決まった。

そのザールブリュッケンでは神巧也(ファースト)が今月3日、欧州ナンバーワンクラブ決定戦のヨーロッパチャンピオンズリーグ(ECL)2022-2023で初優勝に貢献。

 さらにポーランドスーパーリーグのデコルグラス・ジャウドヴォでは41歳の小西海偉が健在で、2023年11月にはECLで東京2020五輪男子シングルス銅メダルのオフチャロフ(ドイツ)に勝利し話題となった。

「村松なんて、もともと日本代表で実力のある選手だけど、今が一番強いんじゃないかな。ブンデスリーガには卓球で自分の生き方を表現している選手が多いと思う。僕の中にも、卓球が人生の全てじゃないけれど、卓球を通して生き方をどう選択していくかというテーマがずっとある」

もちろん、レベルの高いブンデスリーガで簡単に勝てるとは思っていない。だからこそ来シーズンが開幕する8月から現地に住み、腰を落ち着けてシーズンフル参戦を目指す。

「これまでの経験と自分の得意とする"頭を使う"卓球で、1つでも多く勝ち点を挙げたい」と上田。

それと同時に、年齢を重ねても第一線で活躍できるブンデスリーガの練習環境やトレーニング方法、選手たちのマインド、そしてドイツの人々に根付いた卓球文化など、現地で得た知見を日本に持ち帰ることも視野に入れる。

 インタビューの間中、上田はずっと自身と対話しているようだった。やはり考える人なのだ。

人の性分は変わらないかもしれない。でもだからこそ、その人の人間味がにじみ出るというもの。彼には年齢や立場なんかに捉われず、"上田流"を貫ける道をドイツで見つけてきてほしい。


(文=高樹ミナ)

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