• #
  • トップ
  • エンタメ
  • テレ東プラス連続ウェブ小説:「夜ごと悩めるバリキャリ女子の『...

エンタメ

テレ東

2018.6.11

テレ東プラス連続ウェブ小説:「夜ごと悩めるバリキャリ女子の『WBS(私の・場所・探し)』」

第四話 謝るって難しい。こじらせ女子たちの胸のうち


ぐんぐんと気温が上がり、本格的な夏の到来を予感させるような午前中。
朝一番の仕事を終えた美里は、うっすらと汗ばんで首筋に張り付く後れ毛にかまうこと無く、銀座通りを足早に歩く。


(谷元さん、支店にいるといいけど......)


美里は朝礼の前に明日香をつかまえて昨日のゆとり発言を撤回し謝るつもりだった。なのに、顧客からアポイントの時間を1時間早めてほしいと頼まれ、すぐに飛び出さなくてはいけなくなった。


商談を終え、大急ぎで支店に戻ったのはランチタイムに差し掛かる頃。辺りを見回すが、明日香の姿はない。どうやら外出してしまったらしい。「謝るって、こんなに難しいことだったかしら......」大きな商談の前よりもソワソワして心が落ち着かない。


出掛けに急いでいたのでデスクの上には何冊もの分厚いファイルが放置されたままだ。美里は仕方なく、仕事用の重たいカバンと紙袋二つを椅子の上に置いた。
隣のデスクの後輩に「外、だいぶ暑いですか?」と訊かれて、自分が汗だくになっていることに気づき、ポーチ片手に女子トイレへと向かう。


novel_20180611_01_thum.jpg


――バタンッ!


美里がドアを開けようとした瞬間、勢い良く扉が開き、人が出てきたので思わず「きゃっ」と小さく声を上げてしまった。


すみませんと謝ってきた相手は、明日香だった。
「だ、大丈夫ですか? 本当にすみません!」驚いた明日香が動揺して何度も謝ってくる。全然大丈夫と言いながらも、美里は(今謝るべきなのか、鉢合わせしたトイレの前で謝るのは誠意が伝わらないのではないか)と、明日香にどう切り出すべきかを考える。実際にはほんの1秒にも満たない時間だったのかもしれないが、ずいぶん長い時間のようにも感じていた。そしてようやく、このタイミングで謝るべきでは無いという答えにたどり着いたとき、明日香が「失礼します......」と一礼して、女子トイレから出て行った。


これで良かったのだろうか。やっぱり謝るべきだったのか。
明日香の背中を見送ってから女子トイレに入ると、熟考した末のはずの決断はあっという間に確信の持てない曖昧なものに変わってしまった。毎日、自信を持って何億という金額を動かしている美里だが、後輩を気遣うたったの一言が切り出せないことに苛立ちすら覚える。


鏡に映る美里の顔は、アイラインがほんの少し汗で滲んでいた。


*


明日香は動揺していた。


WBSを見て冷静になり、再びやる気に満ち溢れていたはずだったのに、美里を目の前にしたら、反射的に「また怒られる!」と思ってしまった。


(あんなに慌てること無かったのに、異常に反応してしまった。余計感じ悪く思われてないかな......)


いつもキラキラと格好いい美里の前で、おどおどしている姿ばかり見せている自分が情けない、と明日香は思う。


明日香は席に戻ると、深呼吸を一つしてから、午後の営業のために書類をそろえ始めた。チラリと腕時計を見る。ランチはまだとっていなかったが時間がタイトだ。書類の詰まったカバンを手にとり、給湯室へ向かう。
昨日の出来事を思い出すとせっかく湧いてきたやる気を再び失ってしまいそうで、冷蔵庫に入れておいたマルチビタミン入りのゼリー飲料をとり、すばやく給湯室を出る。お行儀は悪いが、廊下でゼリーを一気に飲み干すと、明日香は自分がデキる女になった気がした。


午後のアポは銀座だ。気分転換のため明日香は帰りにGINZA SIXに寄ろうと決めた。
数日前のWBSで、ニッチ市場の開拓に力を入れる企業が海苔の魅力を伝えるべく、1080円もする高級のり弁当を販売しているという話題を取り上げていた。のり弁が美味しそうだったというのもあるが、調べてみるとエッジの効いたプロジェクトを多く手がけていたり、代表取締役のインタビューがユニークだったりして、明日香はこの会社に興味を持った。


会社の最寄りにある地下鉄の駅のホームに立つ。電車が来るまで2、3分ある。明日香は何気なく電車が入ってくる方向を覗き込むと、真っ暗闇のトンネルが続いていた。暗闇を覗いているうちに気持ちが暗くなり、「ゆとり」と言われたときの悔しさを思い出してしまう。


遠くから音がして、暗闇から二つの白い明かりが近づいてくる。続いて勢い良く滑り込むように電車がホームへ入ってきた。


美里に認めてもらいたい。明日香はそう強く思った。
ドアが開くと、背筋をピンと張り直してから電車に乗り込んだ。


*


化粧直しを終えて女子トイレから美里が戻ったときには、明日香は外出していた。
美里も午後は予定が詰まっているので、今日中に謝るのは難しくなってしまった。机の上のファイルを片付け、椅子の上にあった荷物を机に載せて席に着く。深いため息を一つして、プライベート用のスマホを開いた。


将太とのやりとりは、昨夜の「今から会いに行っていい?」に対する美里の「いいよ」という返信で止まったまま。このメッセージと同じで本当に二人の時間は止まってしまった。心に重りをぶら下げられたような気分がしてスマホをカバンの奥底にしまい込む。


机に載せた二つの紙袋を見つめる。一つは美里の今日のランチ、もう一つは明日香が昨日割ったマグカップの代わりに購入した新しいマグカップが入っている。
美里は紙袋からきれいにラッピングされた箱を取り出して机の引き出しにしまい、もう一つの紙袋を手に休憩室へ向かった。


「お、清水が社内で食べるなんて珍しいな」
休憩室の席に着くと、坂口がコーヒーを片手に隣へ座る。


novel_20180611_02.jpg


「このお弁当、GINZA SIXに入ってるのり弁専門店で買ってきたの。前々から気になってて」
「え、もしかして高級のり弁ってやつ?」


坂口は美里の弁当を覗き込む。
「そうよ。意外と詳しいのね」
弁当を広げながら、感心したように美里が返す。


「俺じゃなくて、谷元が今の清水と全く同じことを言ってたんだよ。『ワールドビジネスサテライト』で見たって」
美里は明日香の名前に思わず手を止めた。


谷本さんもWBSを見てるんだ――。


「清水と谷元ってなんか似てるよな。俺が異動した後は、谷元のこと、よろしく頼むよ」
坂口が小さく笑って言った。明日香が自分のことを頼ってくれるとは到底思えず、無理に作った微笑みは中途半端になってしまったが、坂口がこちらを向いていなくて良かったと、美里は胸をなでおろした。


のり弁当を食べながら、明日香と自分の間にあるWBSという共通言語について考え、「清水と谷元ってなんか似てる」という坂口の言葉を反芻する。たったこれだけのことだが、美里はまるで強力なお守りを手に入れたように感じていた。


明日香と元通りの関係になれたら、自己嫌悪からも抜け出して、将太との関係も修復できるような気が、一瞬、した。美里は自分のずうずうしさに苦笑する。
食べ終えても高級のり弁の味はよくわからないままだった。瞼が緩やかに重くなるのを感じて、コーヒーを入れようと給湯室へ向かう。
シンクの前に立つと、パンプス越しに何かを踏んだ感覚があり、同時にカシャリと音がした。つま先を上げて "何か"をそっと拾い上げると、陶器の破片だった。割れてしまった明日香のマグカップだ。昨日、明日香が拾いそびれたものだろう。


改めて、明日香への発言を神様に咎められたような気がして、心がチクリと痛む。
美里は入れたばかりのコーヒーを流しへ捨てると、急いでデスクに戻った。


(第五話へつづく)


作/ニシオカ・ト・ニール
イラスト/大野まみ

第一話はこちら

第二話はこちら

第三話はこちら

関連タグ

この記事を共有する

番組タグ

関連記事

カテゴリ一覧