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2008年07月21日

タンザニア取材記(4)

経済成長率7%以上。
この数字は驚異的です。
タンザニアの地方部では、このすさまじい経済成長を実感できない農民が多い中、
都市部では豊かさを楽しむ富裕層が少なからずいます。

タンザニア最大の都市ダルエスサラームの郊外にある巨大ショッピングモール。
アラブの一人の老婦人が、建設費を出しています。
大きさは一辺が直線にして200m以上。
驚くべきことにまだ完成ではなく、工事途中の現場を見るとさらに300メートル以上
の直線が続いています。トータル500mはあろうかというモールには店以外に、
プールや住宅なども入るとか。
日本のショッピングモールを比較すると、私個人の感想ではタンザニアの
それのほうが巨大です。
モール内には映画館もあり、銀座にありそうな衣料店や家電量販店が、
日本と変わらない物価で並んでいます。
平均年収が6万円といわれるタンザニアで、です。

このモール駐車場は現時点で800台収容可能で、週末は満車になるとか。
それほど、都市部では富裕層が増えています。
警備員も多く、バックヤードのセキュリティも厳格、清潔でゴミ一つなく、
子どもが一人で走り回る姿も。
日本にいるような気分になりました。

では、タンザニアの都市部の多くがこのような環境かというと、
そんなことは決してない。
このショッピングモールの敷地を出ると、未舗装の道ばたではたくさんの
タンザニア人が座り込んだり横になったりしています。
街を行きかう路線バスには、8人定員のところを20人くらい乗車し、
バスにぶら下がるようにして乗車する人も。
クラクションが鳴り響く中、怒号が飛び交い、時には喧嘩も。
子どもたちは日銭を稼ぐために、富裕層に物乞いをする。
こっちがタンザニアの日常、スタンダードです。

経済成長に伴う、格差。
日本の格差よりもはっきりと、明日の見えない格差があります。

タンザニアでの取材中、街でも農村部でも、子どもたちは私たち取材クルーを
見つけるとあっという間に集まってきます。
そして『何かちょうだい』と広げた手のひらを伸ばしてくるのです。
中には強引にカバンを奪おうとしたり、ポケットに手を入れてきて
ペンなどを奪ったりする子どももいます。

ある街で私が歩いていると、母と2、3歳くらいの子どもが歩いてきました。
私が何の気なく『ジャンボ(こんにちは)』と声をかけると、母親が『ジャンボ』と
返してくれました。
しかし子どもは、私に向かい何か言いながら手のひらを伸ばしたのです。
『何かちょうだい』と。

ショックでした。
あんな小さい子どもが、あいさつもなく、笑顔もなく、私が外国人とわかると
『何かちょうだい』の仕草。
あの子には何の悪意もありません。私は母親の教育が悪いとも思いません。
彼らにとってあの行為は、ごく自然、なんの違和感も感じないのでしょう。

私は、これは私たち外国人観光客や短期滞在者の大きな罪ではないか?と
感じました。

アフリカの子どもたちを目の当たりにすると、その貧しさは見ていられないほど
辛いものです。
確かに、何か分け与えたくなりますし、それが間違いとは思いません。
ですが、善悪もわからない子どもが、礼儀も感謝もわからず、外国人からは
何かもらえる、という価値観を根深く植え付けてしまっている。
これは与える先進国の我々がしっかりと理解しておかなければならない。

アフリカ支援とは与えるだけではなく、ともに成長するものでなければならない。
これは何も国レベルの話だけではなく、個人レベルでもいえることです。

私はタンザニアに滞在中、何一つ子どもに与えることはしませんでした。
彼らのために、胸を痛めて与えませんでした。
本当に微々たることですが、与えられるとはどういうことか、子どもたちが
考えてくれればという期待を込めて、与えませんでした。

アフリカの未来は、アフリカ人の力で強く立ち上げてこそ自立といえます。
そのために先進国がどうするか?
搾取と利用の歴史を、少しでも変えることができれば。
まずは自分レベルで、みなさん考えてみてください。

2008年07月17日

タンザニア取材記(3)

キリマンジャロ山。
日本ではコーヒーの産地として馴染みがあります。
そのキリマンジャロのすそ野にあるルカニ村に、私たちは取材に行きました。
強い雨の降る中お邪魔したのは、コーヒー農家のシーザーさんの家。
家族は妻と6人の子供、そして牛・豚・鶏を8畳ほどの小屋で飼育しています。

私はシーザーさんに、意地悪な質問をしました。
『コーヒー1杯、日本ではいくらだと思うか?』という質問です。

もちろん彼らには、遠い異国のことなどわかりません。なにより、自分たちの作った
コーヒーが、その後どのように取引されているかなど、知るすべもないのです。
シーザーさんの答えは『想像もつかない』でした。もっともだと思います。
私が『日本では300円~400円します』と言うと、シーザーさんは絶句し、首を振り
『なんという値段だ、高い、高すぎる』とこぼしました。
実はこの質問、数人のコーヒー農家にも聞いていて、みな同じ反応でした。
あるコーヒー農家の方いわく、『300円は私たちのコーヒー1㎏の売値と同じ値段
だ。
コーヒー1杯は、だいたい豆3粒でできるのに...』
彼らは、コーヒーの市場価値を知るすべを持ちません。
コーヒーの恩恵をほとんど受けずに、今まで生産していたのです。

シーザー家の長女エリシさんは18歳、高校に通っています。
タンザニアの公用語が英語とはいっても、地方ではほとんどが
スワヒリ語しか通じません。
私がダイレクトにコミュニケーションを取れたのは、英語のできるエリシさんだけ。

取材の合間に彼女と雑談中、私が『今日は雨で嫌だなぁ』とつぶやくと、
彼女は『なぜあなたは、雨が好きではないんですか?』と。
雨が少ないと収量が減る、そのためタンザニアでは雨は喜ばれるそうです。
雨ひとつの会話でも、リアクションがこれほど面白いのがアフリカ取材の醍醐味で
す。

そんな中、非常に興味深い話を聞くことができました。
それは、私が彼女に『将来はどんな職業に就きたいの?』と質問したときです。
彼女から帰ってきた答えは、『私は草刈りの仕事をしたい』

驚きました。
彼女の言う草刈りとは、家の前や畑の雑草を刈る、という意味です。
決して『草刈り業』という就職先ではないのです。あくまでも、家庭の仕事というこ
とです。
お金を得るための仕事ではない。
経済発展が目覚ましいタンザニアといっても、地方部では『仕事』という概念が
先進国のそれとは大きく異なっているのです。

コーヒー農家の祖父を持ち、現在は観光業を営み富豪となったタンザニア人の社長に
話を聞いた時、彼は『タンザニアで一番の問題は貧困である。
そしてその対策には教育が不可欠だ』と話していました。
これは他のアフリカの国の政府関係者も同じ意見で、彼らの言う『教育』と
いうのは、読み書きそろばん、だけではなく『知見を広げる』という意味が
多く込められています。
かつて日本が寺子屋などで行ったように、国の識字率が100%になれば、
搾取から・貧困から脱することができる。
そして広い知識を得ていれば、選択肢が広がる。

ルカニ村にはフェアトレードで作られた中学校や図書館があります。
しかし、世界の食糧高騰・物価高の影響と学費の値上げは農家を直撃。
苦しい農家は、牛を売って子どもを学校に通わせています。
牛を売りつくした農家もいます。彼らはその後、どうやって子どもを学校に通わせる
のか。

世界的な食糧高騰の波は、津波となってアフリカ大陸に押し寄せ、貧困を脱する武器
『教育』を飲み込んでいます。
最貧国での負のサイクルは、解決策を見いだせずにいます。

(以下次号へ)

タンザニア取材記(2)

アフリカの経済成長はすさまじい。
タンザニアの変化のスピードも目覚ましく、経済成長率は7%を超えています。
都市部は建設ラッシュ。いたるところで薄型テレビ、パソコン、
高級車のショールームが並んでいます。

タンザニア政府はこの流れをさらに活かすため、都市部の一部に『経済特区』を
設けています。簡単に言うと、外国企業が特区内に工場を敷設し海外に製品を
輸出する場合、関税を無税にする、ということです。
すでに中国の繊維工場などは大規模な工場を稼働させています。
その窓口になっているのが、政府の産業開発省・貿易センター。
貿易センターに、あらゆる外資系企業がタンザニアでのビジネス展開を
狙ってやってくるのです。

私たちが貿易センターを取材した日も、インドの電気部品メーカーの男性が
申請に来ていました。話を聞き名刺をもらうと、社名には『JAPAN』の文字が。
『日本の企業とかかわりがあるんですね?』と聞いてみると、『いや、実は日本には
行ったこともない。初めて見た日本人は君だよ』と苦笑いのインド人男性。
なんでも『JAPAN』の信用度は高いからとのこと。おいおい...

その後私たちは、貿易センターに紹介してもらった特区内にある
欧州系の工場へ向かいました。
経済特区は果ての見えないくらい大きな敷地。出入り口には厳しいセキュリティが。
このあたりはタンザニアというより先進国の匂いがします。
門をくぐると、多くのタンザニア人が働いています。
さまざまな国の工場が参入することで、現地には多くの雇用をもたらす。
国としては外貨獲得につながる。その現場です。

私たちが向かった欧州系の工場では、1000台のミシンを使い洋服を生産して
アメリカへ輸出しているとのこと。
多くの工場を通過し目指す欧州系の工場に到着すると、建物の外に
100人以上のタンザニア人労働者が集まって、緊迫した空気を
漂わせています。

トラブルです。

話を聞くと、なんでも給料の遅配と仕事がないことに対する抗議だとか。
工場には鍵がかけられ警備員が立ち、労働者が中に入れないようにしてあります。
私たちが入れてもらうと、工場内はもぬけのから。
1000台のミシンは押し黙っています。
工場長はあと15分で来るというので、とりあえず工場のディレクターに
状況を聞くと、『給料は明日支払う。仕事は、今週はないが来週は新規の仕事が入
る。
このように労働者にも説明したが、彼らは帰ってくれないんだ』と困り顔。
工場の外では、このトラブルを取材にきたタンザニアのテレビ局クルーが
カメラを回しています。
やはりここはアフリカ、カメラに向かってのタンザニア人のスピーチはものすごい。
大勢の労働者がカメラに向かい、自分の意見をはっきりとよどみなく語ります。
いや叫んでいます。
私たちもカメラを回しインタビューを始めると、あっという間に
タンザニア人労働者に取り囲まれ身動きが取れなくなります。
私の隣にいた日本人コーディネーターは背負っていたバッグを、
おもむろに胸に回し両腕でしっかりと持ち直しました。

緊張と恐怖と興奮で彼らの話を聞いていると、どうも経営側の意見と食い違いが。
『会社側はいつも、明日払う明日払うと言っているが、今月はずっとそう言って
給料を払ってくれないんだ。仕事だって定期的にあると聞いたから
ここで働いているのに。もう信じられるか?』労働者の意見です。
そこで私は『そんなに嫌ならこの工場を辞めて、他で働こうとは
思わないのですか?』と質問しました。
労働者たちは『この日本人は何を言っているのか?』というような顔で私を見て
『それはない』と短く答え、また自分たちの意見を叫び始めます。
このことを後でタンザニア人コーディネーターに聞くと『彼らにとっては、それでも
良い条件の労働環境なのです。代わりになる良い仕事はないのです』と言われ、
自分の質問のセンスの無さを恥じました。

結局、我々は3時間ほどこの工場に滞在しましたが、工場長は現れませんでした。

世界の工場は中国・アジアからアフリカにシフトするのか?
タンザニア政府が推し進める経済特区、その一部のほころびを見た気がしました。

(以下次回へ)

2008年07月15日

タンザニア取材記(1)

先日行われた洞爺湖サミットに向けて、私はアフリカへ取材に行きました。
温暖化・食糧問題・貧困など、世界の問題のほとんどがアフリカ大陸に深い根を生やしているからです。
その一方でアフリカはいま、とてつもない速度で経済成長を遂げています。
かつての『暗黒大陸』が『成長大陸』へ。
その現場を自分の目で見て伝えたいと思ったのです。
しかし、『速ホゥ!』の熱心な視聴者の皆さんはご存じの通り、サミット期間中を含め私はしばらく番組をお休みしていました。
理由は、私が体調を崩し入院・手術となってしまったから。
自己管理に少なからず自信を持っていただけに、悔しく残念でした。
何より番組スタッフ、会社、視聴者の皆さんにご心配、ご迷惑をかけてしまったことは、私の心に残る大きな傷跡になりました。これからまた少しずつ、信頼を取り戻せるよう最善を尽くします。

今回の日記は、そのアフリカ取材について記します。
アフリカは確かに成長しています。
一方で私が感じたアフリカを、拙いこの文章で皆さんに少しでも伝われば良いのです
が...

日本から丸一日以上の移動時間をかけ、私たち取材クルーが向かったのはタンザニ
ア。
サファリ・キリマンジャロ山・ヴィクトリア湖など観光業が盛んです。
位置は赤道より南、インド洋に面しています。
いわゆる『サブサハラ』(サハラ砂漠以南の国)で、国民の多くが一日当たり1ドル以下で生活する最貧国です。
今回の取材を通じて感じたタンザニアの国民気質は、『時間という軸に縛られる概念が少ないこと』でした。
これは決して批判的なことではありません。彼らにとってはいたってスタンダードなことで、怒ることも少ないようです。
入国審査など、空港で2時間ほど足止めを食らいイライラしていたのも初日だけ。慣れてくるとレストランでオーダーしてから1時間30分でようやく最初の料理が出てきても、何も気にせず笑えるようになりました。
インタビュー取材などでも、8割いや9割はみな遅れてのスタート。
そのため我々の取材スケジュールもずれ込み、予定を翌日にずらすことも。それでも取材対象の方は、ふところ広く聞き入れてくれます。このあたりはアフリカンタイムの恩恵ですね。

そしてもうひとつ感じたタンザニア人気質は、『とにかくお喋りが好き』とくに男性がそうです。
現地の様々な企業に取材に行きましたが、みなさん同じように、まずは座って茶飲み話から始まります。
『まぁ座ってくれ。コーヒーを飲むか?よく来てくれたね。まずは我が社のこと説明しよう。思い起こせば1920年...』
こんな感じで始まり、30分間独演会です。
とても親切に、紳士的に対応してくれます。ありがたいのですが、ジャパニーズタイムで生活している私たちにとっては、とにかく時間がもったいない。次の取材が迫っている。
ある会社でのインタビューで、耐えかねた私は担当者の話を遮り、強引に質問をしました。
すると担当者は、即座に私の質問を遮り、さらに大きな声と迫力で話を続けてきます。
カチンときた私もさらに大きな声で質問。
こんなやり取りが続いたのち、結局担当者は質問に答えてくれませんでした。
ほとんどのインタビューで感じたのですが、質問に対して簡潔な答えは返ってきません。
まずは彼らの言いたいことを聞かなければならないのです。
こんな私を見かねたのか、現地の日本人コーディネーターが『赤平さん、タンザニアではいきなり本題の質問をするのは失礼になるんですよ。最近どう?とか、奥さんや子供はどうしてる?なんて話をしてからじゃないと、彼らはムッとしますよ』とアドバイス。
なるほど、時間に追われる日本人感覚では、この国では取材もままならないのか、と少し後悔しました。

(以下次回へ)

 
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