8世紀頃、古代朝鮮王朝の新羅で焼かれた須恵器に間違いない。当時、新羅は統一王朝として最も力があふれていた。それまで須恵器は墓に供えたり祭祀器として使われていたのが、人工が増えたために日曜品として生産が盛んになった。口作りは二重口になっており、線刻文と波状文をヘラで描いている。台はガッチリしっかりしており、還元塩焼成によって、今でも叩くとキンキンという金属音がする。
※当番組の鑑定結果は独自の見解に基づいたものです。 ※サイトのデータは、2010年1月放送回からのものです。
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