裁判員裁判初の死刑求刑に一般市民から選ばれた裁判員は
どのような判断をするのか?
注目の裁判が終わりました。
法律の専門家ではない裁判員の精神面での負担が懸念されています。
別の裁判での裁判員経験者の方にお話を聞きました。
彼の場合は、冷静に一つ一つ積み上げるような評議の中で、
強い負担を感じることはなかったが
責任の重さは日々実感していたし、何よりも勉強になったとのこと。
仮に自分が裁判員になった場合、
当然、過去の判例を判断材料にするであろうと思うのですが、
制度の筋からいうと、プロ裁判官が積み上げた過去の判例に
従うのは必ずしも適当ではないという指摘もあります。
今回の裁判でも、裁判員の一人から会見の中で
「永山基準は裁判官裁判基準。自分の考えを入れなかったら
裁判員裁判の意味もないと思った」というコメントがありました。
重たい言葉です。
世の中の秩序、命の重さ、死刑の意味・・・・・
プロに任せて見ないふりをしてきた問題を
自分の日常の一部として捉えなければ判断はできません。
負担を引き受ける覚悟。
お任せ民主主義が通用しなくなりつつあります。











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