3大会連続3回目
| 2004年 | アテネ五輪 48kg級 9位 |
| 2006年 | 第18回世界選手権 48kg級 3位 |
| 2008年 | 北京五輪 48kg級 6位 |
| 2011年 | 第22回世界選手権 53kg級 6位 |
| 2011年 | 第25回全日本女子選手権 53kg級 1位 |
父、伯父が共にオリンピックメダリスト、「世界のMIYAKE」と呼ばれる一族で、重量挙げ界のまさにサラブレット!ここ数年は53kg級での出場が多かったが、このロンドンオリンピックでは、よりメダルの可能性が高い、48kg級に出場。減量することによるパワーダウンをどれだけ食い止めれるかがメダルへのキーポイントとなる。ロンドンオリンピックでは、体操の相原信行・豊、塚原光男・直也につぐ3組目の日本人親子メダリストを狙う!
初出場
| 2010年 | 第16回 ジュニア世界選手権大会 48kg級 3位 |
| 2010年 | 第21回世界選手権 48kg級 14位 |
| 2011年 | 第26回 ユニバーシアード大会 48kg級 6位 |
| 2010年 | 第26回全日本女子選手権大会 48kg級 1位 |
器械体操から競技転向後、メキメキと頭角を現す水落は、高校3年時に世界ジュニア選手権でスナッチ77kg、クリーン&ジャーク95kgのトータル172kgの日本高校新記録をあげて銅メダルに輝き、わずか2年半で世界レベルに到達。
練習よりも大会で重いバーベルを上げる程、本番に強く、何よりも成功率が高いのが強み。
『今大会は8位入賞が目標』と控えめに話した彼女だが、本番に強いだけにどんな記録が出るのか、注目!
2回目
| 2010年 | グランドスラム・リオデジャネイロ 優勝 |
| 2010年 | 全日本選抜体重別選手権大会 優勝 |
| 2010年 | 世界選手権 銅メダル |
| 2011年 | グランプリ デュッセルドルフ 優勝 |
| 2011年 | グランドスラム・リオデジャネイロ 3位 |
| 2012年 | 世界選手権 銀メダル |
| 2012年 | マスターズ アルマティ 3位 |
| 2012年 | 全日本選抜体重別選手権大会 優勝 |
若くしてポスト野村の呼び声が高かった逸材。
2007年、嘉納杯柔道ワールドグランプリの優勝で一躍世に知られる存在となる。
野村との代表争いを制し北京には出場もまさかの1回戦負け。その後は着実に実力を付け平岡は2010年・2011年と世界選手権で銅・銀メダルを獲得している。
スピードが持ち味の平岡、得意技は背負い投げ。結婚を経て長女も生まれ、心身ともに充実している平岡が、ロンドンでリベンジを狙う!
初出場
| 2009年 | グランドスラム 東京 優勝 |
| 2009年 | 世界選手権 金メダル |
| 2010年 | アジア大会 2位 |
| 2010年 | 世界選手権 銀メダル |
| 2010年 | グランドスラム リオ 優勝 |
| 2010年 | グランドスラム 東京 優勝 |
| 2011年 | グランプリ・デュッセルドルフ 優勝 |
| 2011年 | 世界選手権 銀メダル |
| 2012年 | ワールドマスターズ アルマティ 優勝 |
| 2012年 | グランドスラム パリ 優勝 |
| 2012年 | 全日本選抜体重別選手権 優勝 |
高校2年生の時、全日本選抜体重別48kg級の1回戦で当時65連勝中、対日本人12年間無敗だった谷亮子に優勢勝ち、脚光を浴びる。
北京五輪代表の座は谷に奪われたが、その後、谷が第一線から退いた09年、福見は世界選手権へ駒を進め、初の世界制覇を果たした。
しかし、その後2番手だった浅見八瑠奈に世界選手権で2度敗れ、五輪への夢が再び消えかけたが、福見は2012年に入り国際大会で優勝を重ね、体重別を制し大逆転で念願のオリンピック代表権を手に入れた。
得意技は背負い投げ、それ以外にも小内刈、寝技も得意と総合力がある。
悲願のオリンピックで金メダルを目指す。
初出場
| 2010年 | 全日本選抜体重別 優勝 |
| 2010年 | グランドスラム・リオデジャネイロ 5位 |
| 2010年 | ワールドマスターズ・スウォン 5位 |
| 2010年 | 講道館杯 2位 |
| 2011年 | ワールドマスターズ・バクー 3位 |
| 2011年 | グランプリ・アブダビ 優勝 |
| 2012年 | マスターズ アルマティ 銀メダル |
| 2012年 | 全日本選抜体重別 優勝 |
男子代表唯一の大学生・中井貴裕。2010・2011と世界選手権に出場した若手のホープだが、結果は敗退。しかし、今年世界ランクトップ選手しか出場できないマスターズにおいて銀メダル獲得と好材料も。得意技はないが、体重別では豪快な一本で優勝を飾るなど、その実力は未知数。また相手にポイントを与えないのも強みの中井。試合中は攻め続けるのが信条の中井、攻めの柔道でメダルを狙います!
初出場
| 2009年 | グランドスラム東京 優勝 |
| 2009年 | 世界選手権 金メダル |
| 2010年 | ワールドマスターズ スウォン 優勝 |
| 2010年 | グランドスラム パリ 優勝 |
| 2010年 | グランドスラム リオ 優勝 |
| 2010年 | 世界選手権 金メダル |
| 2011年 | グランプリ デュッセルドリフ 優勝 |
| 2011年 | 世界選手権 銀メダル |
| 2012年 | ワールドマスターズ アルマティ 優勝 |
| 2012年 | 全日本選抜体重別 優勝 |
女子63kg級世界トップクラスの選手である上野には、シドニー、北京の両五輪で金メダルを獲得した姉・雅恵さんがいて、同じように金メダルが期待されている。
妹の巴恵も柔道選手という柔道一家の次女。
上野は2007年の嘉納杯決勝で谷本を破り、2008年フランス国際2位、ドイツ国際優勝、充分な成績を残して挑んだ北京最終選考会の選抜で再び谷本を破り優勝した。しかし、谷本が北京代表となり金メダルを獲得。
あれから4年、上野は2009年・2010年と世界選手権で金メダルを獲得、2011年には国際柔道連盟が選ぶ現役の女子最優秀選手にも選ばれ、世界のトップであることを証明した。得意技は体落し、大外刈と寝技。悲願のオリンピックで狙うは金メダル!
初出場
| 2010年 | 全日本選抜体重別選手権 2位 |
| 2010年 | 世界選手権 金メダル(無差別級) |
| 2010年 | アジア大会 3位 |
| 2011年 | グランドスラム・パリ 2位 |
| 2011年 | 全日本選抜体重別選手権 優勝 |
| 2012年 | マスターズ アルマティ 2位 |
柔軟性と「投げる」センスで早くからポスト「石井慧」と期待された逸材。
また「あんこ型」体系から、山下泰裕、斉藤仁の再来との声もある。
まだ精神的な波が大きいことが弱点と言われているが、本来の強さを出せれば世界のトップと戦える力がある。得意技は内股、100kg以上の海外の選手も跳ね上げる豪快さがある。
初出場
| 2010年 | 全日本選抜体重別 優勝 |
| 2010年 | 世界選手権78kg超級 金メダル |
| 2010年 | 世界選手権(無差別級)金メダル |
| 2011年 | 全日本選抜体重別 優勝 |
| 2011年 | 世界選手権パリ 銅メダル |
| 2011年 | グランドスラム 東京 優勝 |
| 2012年 | ワールドマスターズ アルマティ 3位 |
全国高校選手権で優勝するなどジュニアの頃から期待されていた杉本は、筑波大学に入学してからもシニアで活躍。しかし、この階級の第一人者である塚田真希にはなかなか勝てなかった。注目を浴びたのは2010年の世界選手権。世界選手権78kg超級で日本人初となる金メダルを獲得。その後、塚田の引退もあり、この階級の第一人者に。スピードと技の切れが持ち味の杉本の得意技は払腰。念願のオリンピックでメダル獲得を狙います。
4回目
| 2001年 | 世界選手権 100m平泳ぎ 3位 |
| 2002年 | パンパシフィック選手権 100m・200m平泳ぎ 2冠 |
| 2003年 | 世界選手権 100m/200m平泳ぎ 2冠 |
| 2004年 | アテネ五輪 100m/200m平泳ぎ 金メダル |
| 2005年 | 世界選手権 100m平泳ぎ 2位 |
| 2007年 | 世界選手権 100m平泳ぎ 2位 |
| 2007年 | 世界選手権 200m平泳ぎ 金メダル |
| 2008年 | 北京五輪 100m/200m平泳ぎ 2冠 |
| 2010年 | パンパシフィック選手権 100m/200m平泳ぎ 2冠 |
| 2011年 | 世界選手権100m平泳ぎ 4位/200m平泳ぎ 2位 |
日本競泳界のエース。初代表は2000年シドニー五輪。高校3年で挑んだ初の五輪は4位。あと一歩でメダルというところまで迫った。2002年のアジア大会では、200m平泳ぎで自身初となる世界新記録を樹立。ここから、世界のトップ選手として数々の記録を樹立。2003年の世界選手権では金メダル獲得し迎えた2004年、アテネ五輪で平泳ぎ2冠を達成した。2008年北京五輪でも2種目で2連覇の偉業を成し遂げ、世界の水泳史にその名を刻んだ。競泳史上初となる4大会連続での出場となる。
初出場
| 2006年 | ジュニアパンパシフィック選手権 100m平泳ぎ 2位 |
| 2006年 | ジュニアパンパシフィック選手権 200m平泳ぎ 優勝 |
| 2009年 | 東アジア大会 50m/100m/200m平泳ぎ 3冠 |
| 2010年 | パンパシフィック選手権 100m平泳ぎ 4位 |
| 2010年 | W杯東京大会 100m平泳ぎ 優勝 |
| 2010年 | アジア大会 100m平泳ぎ 優勝 |
| 2011年 | ユニバーシアード 100m平泳ぎ 5位 |
立石が注目を浴びたのは2006年10月の国体。200m平泳ぎで、北島康介の持っていた長水路高校記録を6年ぶりに更新。そして、2006年ジュニアパンパシフィック選手権では100mで銀、200mで金 メダルを獲得。翌年には2007年日本選手権で北島に次ぐ 2位。北京五輪出場に期待が高まったが代表権は逃した。2010年に日本選手権で平泳ぎ3冠達成し、ポスト北島康介候補として、実力を付けてきた。初のオリンピックで北島とともに表彰台を狙う。
初出場
| 2010年 | 日本選手権 400m個人メドレー 2位 |
| 2010年 | パンパシフィック選手権 200m個人メドレー 7位 |
| 2010年 | W杯ストックホルム大会 400m個人メドレー 2位 |
| 2011年 | 世界ジュニア選手権 200m個人メドレー 優勝 |
| 2011年 | 世界ジュニア選手権 200m背泳ぎ 2位 |
| 2011年 | 世界ジュニア選手権 100m背泳ぎ 3位 |
| 2011年 | 世界ジュニア選手権 400m個人メドレー 3位 |
| 2012年 | 日本選手権 200m個人メドレー 優勝 |
| 2012年 | 日本選手権 400m個人メドレー 優勝 |
北島康介以来となる高校生でのオリンピック出場を決めたもう一人の「KOSUKE」。
幼いころから、数々の学童記録を塗り替え「怪童」とも呼ばれ期待をされていた。
高校1年で迎えた2010年、日本選手権400m個人メドレーで2位に輝くと、世界ジュニア選手権の200m個人メドレーで見事優勝。圧巻はロンドン五輪選考会の日本選手権男子400m個人メドレー。世界選手権銅メダリストの堀畑を抑え日本記録を更新し優勝。勢いに乗る萩野に注目です。
初出場
| 2008年 | 世界ジュニア選手権 200m個人メドレー 3位 |
| 2008年 | 世界ジュニア選手権 200mバタフライ 優勝 |
| 2009年 | ジュニアパンパシフィック選手権 400m個人メドレー 優勝 |
| 2009年 | 日豪対抗 400m個人メドレー 2位 |
| 2009年 | 東アジア大会 400m個人メドレー 優勝 |
| 2010年 | パンパシフィック選手権 400m個人メドレー 4位 |
| 2010年 | アジア大会 400m個人メドレー 優勝 |
| 2011年 | 世界選手権 400m個人メドレー 3位 |
| 2011年 | ユニバーシアード 200m/400m個人メドレー 2位 |
ジュニア時代から国際大会で結果を残し注目されてきた堀畑。2009年に初の世界選手権に出場。惜しくも9位と決勝進出はならなかったが、2010年の日本選手権では自身初となる日本記録を樹立。そして2011年の世界選手権では400m個人メドレー、見事決勝まで駒を進めた堀畑は日本男子個人メドレーでは初となる銅メダルを獲得。世界選手権メダリストとして、ロンドンでのメダル獲得に挑む。
2回目
| 2008年 | 北京五輪100mバタフライ 6位 |
| 2009年 | 東アジア大会100m自由形 優勝 |
| 2009年 | 東アジア大会100mバタフライ 優勝 |
| 2010年 | パンパシフィック選手権100mバタフライ 3位 |
| 2010年 | アジア大会100mバタフライ 2位 |
| 2011年 | 世界選手権100mバタフライ 5位 |
大学4年生、2007年の学生選手権200m個人メドレーで優勝。2008年北京五輪代表選考会でも200m個人メド レー優勝。100mバタフライでも代表権を獲得しオリンピック出場権を獲得、代表デビュー戦となった北京五輪では100mバタフライで6位に入賞、メドレーリレーでは日本の銅メダル獲得に大きく貢献。北京以降は、自由形・バタフライの第一人者として活躍。ロンドン五輪代表選考会でも100m自由形、100mバタフライで2冠を達成。競泳日本代表の副キャプテンを務める27歳が2度目のオリンピックに挑む。
初出場
| 2008年 | 世界卓球 団体戦 銅メダル |
| 2008年 | インターハイ シングルス優勝(高校1年生での優勝は57年ぶり) |
| 2009年 | インターハイ シングルス優勝(2連覇) |
| 2010年 | ジャパントップ12優勝(最年少優勝) |
| 2010年 | インターハイ シングルス優勝(史上初の3連覇) |
| 2011年 | 全日本選手権 シングルス優勝 |
| 2012年 | 全日本選手権 シングルス準優勝 |
世界ランクは日本人最高位の6位。オリンピック出場選手中では4番目に高い世界ランクで、シングルスでもメダルを十分に狙える。福原とのWエースをそろえる日本代表女子は歴代最強との呼び声も。前回の北京オリンピックでは大会会場から観戦。あの時“次は私があの場所に”という思いを現実のものとし初の夢舞台に挑む!
3大会連続3回目
| 2003年 | 世界卓球 パリ 個人戦ベスト8(日本人として14年ぶり) |
| 2004年 | アテネ五輪 シングルスベスト16(卓球選手史上最年少での出場権獲得) |
| 2006年 | 世界卓球ブレーメン 団体戦 銅メダル |
| 2008年 | 世界卓球上海 団体戦 銅メダル |
| 2008年 | 北京五輪 団体戦4位 シングルスベスト16 |
| 2010年 | 世界卓球モスクワ 団体戦銅メダル |
| 2012年 | 全日本選手権 シングルス優勝 |
だれもが知っている“愛ちゃん”こと福原愛は卓球がオリンピック競技となった1988年(ソウル大会)に生まれた。この事に関して本人は「オリンピックとの縁を感じる」と話した。3歳で卓球を始めて、今年で卓球人生20周年を迎える。アテネ、北京と2度のオリンピックを経験し、今回3度目のオリンピックで大輪の花を咲かせる。日本卓球界初のメダルを狙う今大会に愛ちゃんがいることも運命の巡りあわせか!?世界ランク7位。
2大会連続2回目
| 2004年 | 全日本選手権 シングルス優勝 |
| 2005年 | 全日本選手権 シングルス優勝 |
| 2007年 | 全日本選手権 シングルス優勝 |
| 2008年 | 全日本選手権 シングルス優勝 |
| 2009年 | 全日本選手権 シングルス優勝 |
| 2011年 | ITTFプロツアー チリオープン ダブルス優勝(石川佳純とのペア) |
今年4月に行われたロンドンオリンピックアジア大陸予選会を勝ち抜き、団体戦の出場権を獲得。ライバル韓国に敗れた前回の北京大会の悔しさを胸にロンドンのコートに立つ。日本代表を引っ張ってきた平野がロンドンで卓球人生の全てをかける!試合前と試合中の表情の変化にも注目です!世界ランク18位。
2大会連続2回目
| 2005年 | 世界ジュニア選手権 シングルス準優勝 |
| 2007年 | 全日本選手権 シングルス優勝(史上最年少 17歳7カ月) |
| 2008年 | 北京五輪 団体5位 シングルスベスト32 |
| 2010年 | ITTFプロツアー グランドファイナル シングルス優勝(日本男子史上初) |
| 2011年 | 全日本選手権 シングルス優勝(5連覇) |
| 2012年 | ITTFワールドツアー クェートオープン、ジャパンオープン シングルス優勝 |
| 2012年 | 世界卓球ドルトムント 団体戦 銅メダル |
誰もが認める日本男子卓球界の大エース。世界ランク5位という数字が示すように、その実力も世界トップ。中学生の時にドイツに卓球留学。「卓球のために人生の全てを捨てた」と言い切れるほど、卓球にかけてきた。卓球にオリンピック出場選手中では3番目の世界ランクでシングルス、ダブルスでのダブルメダルを目指す。日本のメダルは水谷に託された!
2大会連続2回目
| 2003年 | インターハイ シングルス優勝(3連覇) |
| 2004年 | 世界ジュニア選手権 ダブルス優勝(水谷とのペア) |
| 2008年 | 北京五輪 団体5位 シングルスベスト32 |
| 2009年 | 世界卓球横浜 個人戦 男子ダブルス 銅メダル(水谷隼とのペア) |
| 2010年 | 全日本選手権 ダブルス 優勝(水谷隼とのペア/4連覇) |
| 2011年 | 世界卓球ロッテルダム 個人 混合ダブルス 銅メダル(福原愛とのペア) |
| 2011年 | ITTFプロツアー ジャパンオープン シングルス 優勝 |
| 2012年 | 全日本選手権 ダブルス 優勝(水谷隼とのペア) |
ヨーロッパNO1のレベル誇るドイツ・ブンデスリーガに身を置き、プロ卓球選手として活躍してきた。日本男子卓球界復活はこの男が支えてきた。2009年世界卓球横浜では水谷とのペアで銅メダル、また2011年世界卓球ロッテルダムでは福原愛との混合ダブルスでも銅メダルを獲得するなど、ダブルスでめっぽう強さを発揮する。オリンピック団体戦では、ダブルスを制した国が勝利するとも言われるだけに、岸川というワンピースが日本をメダルへと導く。
初出場
| 2009年 | 東京選手権優勝(史上最年少) |
| 2010年 | ITTFプロツアー ジャパンオープン ダブルス優勝(松平健太とのペア) |
| 2010年 | インターハイ シングルス優勝 |
| 2010年 | ユース五輪 シングルス優勝 混合団体優勝 |
| 2011年 | 世界ジュニア選手権 シングルス優勝 |
| 2012年 | 世界卓球ドルトムント 団体 銅メダル |
2010年のユース五輪、昨年の世界ジュニアと共に優勝。同世代で圧倒的な実力を持つ。持ち味は何と言っても超高速卓球。打点の早い卓球で、相手に構えるすきすら与えない。オリンピック出場権を獲得したアジア大陸予選会では、当時世界ランク1位だった馬龍を倒す大金星。まだあどけなさも残る17歳だが、今や世界も警戒するサウスポー。初出場となる大舞台でも、臆することなく大暴れする。世界ランク16位。
初出場
| 2008年 | 世界ジュニア選手権大会 デュエット2位・チーム3位 |
| 2009年 | 世界水泳選手権 デュエットテクニカル4位・チームテクニカル5位・デュエットフリー6位・チームフリー6位 |
| 2010年 | ワールドカップ デュエット3位・チーム4位 |
| 2010年 | アジア大会 デュエット2位・チーム2位 |
| 2011年 | 世界水泳選手権 デュエットテクニカル5位・デュエットフリー5位・チームテクニカル5位・チームフリー5位 |
| 2012年 | ロンドンオリンピック予選会 チーム3位 |
ジュニア時代から活躍してきた日本のエース。170cmの長身と日本人離れしたスラリと伸びた脚が魅力の乾。ダイナミックな演技を武器に初のオリンピックに挑みます。
初出場
| 2004年 | 世界ジュニア選手権大会チーム2位 |
| 2007年 | 世界水泳選手権大会チームテクニカル2位 |
| 2008年 | ワールドトロフィー大会チーム4位 |
| 2009年 | 世界水泳選手権大会 デュエットテクニカル4位・チームテクニカル5位・チームフリー6位 |
| 2010年 | ワールドカップ デュエット3位・チーム4位 |
| 2010年 | アジア大会 デュエット2位・チーム2位 |
| 2011年 | 世界水泳選手権 デュエットテクニカル5位・デュエットフリー5位・チームテクニカル5位・チームフリー5位 |
| 2012年 | ロンドンオリンピック予選会 デュエット4位・チーム3位 |
北京五輪後、チームが総入れ替えとなり若返ったマーメイドジャパンのキャプテンとして2009年の世界水泳からチームを引っ張ってきた小林。デュエットではリフトの土台でチームを支える。努力で培ってきた力と表現力が武器の小林、初のオリンピックに挑みます。
2回目
| 2008年 | 北京五輪 女子100m代表 |
| 2010年 | アジア大会 女子100m金メダル 女子200m金メダル |
| 2011年 | 世界選手権 5000m:2位(日本勢過去最高) 総合4位 |
| 2011年 | 日本選手権 女子100m優勝 女子200m優勝 |
| 2010年1月 | 世界選手権 女子100m準決勝進出 女子200m準決勝進出 |
・自己ベスト
100m 11秒21(2010年織田幹雄記念)(日本記録)
200m 22秒89(2010年静岡国際)(日本記録)
・北京五輪女子100m代表。日本女子のこの種目での代表は1952年ヘルシンキ五輪の吉川綾子以来56年ぶり。(1次予選敗退)
・2010年アジア大会で100m、200mの2冠達成(日本女子史上初)
・去年の世界選手権では200mで準決勝進出。(日本女子史上初)
五輪でも日本女子史上初の準決勝進出なるか?
初出場
| 2011年 | 織田記念国際 100mハードル 優勝 |
| 2011年 | 日本選手権 100mハードル 優勝 |
| 2011年 | アジア選手権 100mハードル 4位 |
・自己ベスト 13秒04(2012年織田記念国際)(日本歴代3位)
・恩師曰く「インターハイでの入賞が目標だった」という高校時代から
ここ数年で日本のトップへと着実な成長を遂げてきた『美女ハードラー』。
・今季初戦となった4月の織田記念(五輪選考会)では
金沢イボンヌ選手の持つ日本記録まで0.04秒に迫る13秒04を記録(日本歴代3位)
・「自分より速い海外選手と走るほうが自分の力を最大限発揮できる」。
爆発的な力で日本人初、夢の12秒台を目指す。
・所属のエディオンでは『デオデオ』の店頭で美容コーナーの販売を担当。
3回目(アテネ・北京に次ぐ3大会連続)
| 2004年 | アテネ五輪 20kmW 途中棄権 50kmW 16位 |
| 2006年 | 日本選手権 50kmW 優勝(当時日本新) |
| 2008年 | 日本選手権 50kmW 優勝(当時日本新) |
| 2008年 | 北京五輪 20kmW 11位 50kmW 7位(日本人初の入賞) |
| 2009年 | 日本選手権 50kmW 優勝(日本新) |
・自己ベスト 50kmW 3時間40秒12(全日本競歩輪島大会)(日本記録)
・アテネ・北京・ロンドンと3大会連続出場。入賞はもちろんメダルも射程圏内。
長距離ランナーに憧れて高校で陸上部に入ったが、
怪我もあり「競歩をやるかマネージャーをやるか」と先生に迫られ競歩を始める。
・高校3年生で20km競歩日本選手権優勝(高校生初)
・2009年4月日本人初の3時間40分台を出した後、左膝を肉離れ。
以降2010年右膝半月板を故障、11月のアジア大会を棄権、
2011年日本選手権欠場、合宿中にスネの疲労骨折と怪我に悩まされ続ける。
「競歩をやめなきゃいけないかもしれない」と電話で母に相談した時、
「やめてもいい。ただ後悔するかもしれないなら頑張れ」と励まされ今に至る。
・2011年 自衛隊体育学校所属へ
「山﨑の復活は国家プロジェクト!」という大号令の元、
月間1300km(1日43km以上)の歩きこみを行うなど好調を維持している。
3回目(アテネ・北京に次ぐ3大会連続)
| 2004年 | アテネ五輪 20kmW 15位 50kmW 途中棄権 |
| 2007年 | アジア選手権 20kmW 優勝 |
| 2008年 | 北京五輪 50kmW 29位 |
| 2011年 | 日本選手権 50kmW 2位 世界選手権 50kmW 9位 |
・自己ベスト 50kmW 3時間43秒56(2012年 日本選手権)
・妻・美紀さんは小学校の初恋の相手。
2007年の世界選手権後に再会、美紀さんはそれまで谷井選手が
競歩のトップアスリートであるということを全く知らなかった。
2008年北京五輪後に交際をスタートし、2009年11月21日 結婚。
前回の北京五輪では大スランプの中でのレース。
以後、妻との二人三脚で失意のどん底から見事カムバックした。
今年2歳になる娘のためにも、ロンドンでは‘カッコいいお父さん’の姿を見せる!
2回目(北京に次ぐ2大会連続)
| 2008年 | 北京五輪 20kmW 16位 |
| 2009年 | 世界選手権 20kmW 11位 50kmW 18位 |
| 2010年 | アジア大会 50kmW 3位 |
| 2011年 | 日本選手権 50kmW 優勝 世界選手権 50kmW 6位 |
・自己ベスト 50kmW 3時間44秒45秒(2011年日本選手権)
・長距離ランナーだったが、高校2年のとき競歩に転向。
2005年・2007年の2大会連続でユニバーシアード銅メダル、(いずれも20kmW)
アジア大会でも2006年に20kmWの銅メダルを獲得するなど才能を開花させた。
・去年9月の世界選手権では中間地点の15位通過から後半徐々に順位を上げ、
日本人トップの6位入賞(50kmW)。ロンドン五輪代表の座をいち早く手にした。