テレ東プラス連続ウェブ小説:「30代の女子会。恋も仕事も家族も大事ー三者三様、女の生き様」
第三話 30を過ぎたら、色々諦めなくちゃいけませんか?~運命の人を求める女~
やっぱり日本酒は純米に限る。
梨花子は、お気に入りのぐい呑みによく冷えた純米酒を注ぎ、ぐいっと一気に飲み干すと、ふうっ......と悦楽のため息をつく。
ボーッっとテレビを見ながら、『人をダメにするソファ』という触れ込みで人気のビーズクッションに体を預けて飲む時の至福といったら、他の何物にも代えがたい。
梨花子の体をリラックスへと誘うグレーのスウェットは、多少の色落ちや傷みなど気にもせず、ずいぶんと長いこと愛用している。
もちろん男性が泊まりに来た時は、こんな姿は絶対に見せない。お気に入りの『マイラン』のシルクのパジャマを着て勝負するのがお決まりだ。
「そうだ。写真アップしなきゃ」
伸ばしかけの前髪を髪ゴムで結うと、梨花子はスマホを手にした。
まさに眼福と言うべき見た目も美しいタルトと一緒に自撮りした画像を見つけると、『今日は夕食の前に、GINZA SIXにある「カフェ ディオール バイ ピエール エルメ」に行きました! ローズのタルトがとっても可愛くて、美味しかったよ~!』
と文章を添えてSNSに投稿する。
1分としないうちに、『いいね!』がつくと梨花子は満足げに微笑み、再びスマホからぐい呑みに持ち替えて、なみなみと酒を注いだ。
今日のデートは最悪だった。
相手の男性は、結婚相談所が主催する合コンで知り合った4つ歳上の大手銀行員。真面目だけが取り柄といった地味な印象で、少し前の梨花子だったら見向きもしなかったかもしれないが、年収は問題ないし、こういうタイプの男性のほうが結婚するには向いているのかもしれないと、妥協して彼を選んだ。
銀座にあるイタリア料理店の前で梨花子を待っていた男性は、梨花子の姿を見つけると、緊張たっぷりの引きつった笑顔で会釈をし、店内に入っていく。
(レディーファースト、ではないというわけね)
早速減点のつくような態度に、テンションが下がる梨花子だったが、グッと堪え、男性の後についていった。
(えっ......嘘でしょ?)
男性はさっさとテーブル席の上座に座ってしまう。
(奥の席に女性を座らせなきゃダメでしょー!?)
梨花子は大げさに椅子を手前に引いてから座ってみせたが、男性はそれに気づく様子もなく、また、梨花子に好みを聞くこともせずにメニューを見てオーダーを決めた。
この時点で「なし」と判断した梨花子は、そこから先、ただただ時間が過ぎるのを待った。男性は懸命に話をしていたが、絶望的につまらない。ボトルで頼んだワインを、梨花子の空いたグラスに注ぐ気配もない。もうちょっと飲みたいな......と思うものの、自分からワインボトルに手を伸ばすのはどうだろうと躊躇していると、その様子を見て勘違いした男性は、「女性なんだから、そんなに飲めませんよね?」と言って、自分のワイングラスにどんどん注いで飲んでしまった。
(飲めないと思うなら、最初からボトルなんて頼まないでよ......)

けれど梨花子は、嫌な顔ひとつ見せず、終始楽しそうな笑みを浮かべ続ける。これが男が梨花子に夢中になる理由のひとつだ。
確かな手応えを感じたと大いに勘違いした男性は、そのまま帰っていった。
無駄な時間を返して欲しい。
悶々としたまま帰宅した梨花子は、ヤケ酒も兼ねてこうして飲み直している。
「割り勘じゃなかったのが、せめてもの救いだったよね」
梨花子はそうつぶやきながら、結婚相談所に断りメールを送った。
気兼ねなく断れるのが、結婚相談所に入会している利点だと思う。
「やっぱり30半ばで独身の男って、絶対何かしら問題があるんだよなあ......」
キッチンに向かい冷蔵庫を開けると、日本酒を飲む時用に取っておいた塩辛を小皿に盛り、再びビーズクッションに体を預けた。
合コン、街コン、結婚相談所、マッチングアプリ......婚活系ツールを活用していても、依然運命の人は現れない。
若い頃から今も変わらず、過去には、医者、弁護士、IT社長、公務員......と、ハイスペックな男性たちと付き合い、求婚されたこともある梨花子だが、たったひとつでも容認できない部分を見つけてしまうと気持ちが離れ、すぐに心は別の男性に動いてしまう。
「そうやってお目が高いのはいいことだけどさ、歳は確実に取るんだから。その可愛いメイクも格好も可愛らしい話し方も、そろそろ武器にはならないと思うけど?」
この間の女子会で沙紀から言われた言葉を、梨花子はいまだ引きずっていた。
同年齢の女性に比べると、ずっと若く見える自覚はあったが、とはいえやはり、本物の20代には敵わないことに梨花子は重々気づいている。
合コンやお見合いに行っても、変わらずモテはするものの、本命として狙われているのはやはり20代女子である感は否めず、最初は好意的だった男性も、年齢を聞くと、一瞬スッと目の奥のほうで興味が消えるのを、梨花子は見逃さなかった。
梨花子の周りから男がいなくなることはないが、正直、昔より彼らのスペックが落ちていることもわかっている。
「私自身のスペックが落ちてるんだもん......当たり前だよね」
箸でチビチビと塩辛をつつきながら、酒を飲むペースも自然と上がっていく。
梨花子には、自分の将来を支えるようなスキルはひとつもない。唯一あげるなら、男性の好みに合った女を演じられることくらいだ。
沙紀のように仕事でキャリアを積み、一人でも充分生きていけるような力は梨花子にはない。20代のうちに、もっと色々身につけておくんだったと最近、後悔することが増えた。
酔いが回り、梨花子は、不平不満が溜まって爆発寸前だった。こうなったらもう止まらない。
「こんなことなら、美和子みたいに早く結婚して専業主婦になっておくんだった......」
美和子が結婚してすぐ、梨花子は某国立医大のエリート医師にプロポーズされた。非の打ち所のない男性だったが、食事中に、口の中のものが見えるように咀嚼するところが耐えられず、そんな時に出会った弁護士の男性とへと乗り換えてしまったのだ。
「そんなの、ちょっと我慢すればいいだけだったのにっ!」
妥協していれば、今の美和子のように悠々自適な専業主婦ライフを満喫していたのかもしれない。そう思うと悔やんでも悔やみきれない。
気づけば、四合瓶の日本酒が空になっていた。

「私、このまま一生、一人なの......?」
33歳になった今、理想どおりの結婚を夢見るのはいけないことなのか。
選ぶことはもう許されず、誰かにもらってもらうしかないのか。
「いやっ! そんなの耐えられない!」
ビーズクッションに顔を埋めると、すぐ横に置いてあったリモコンが腕に当たり、テレビのチャンネルが変わった。
「あ、この間、沙紀の家で見た番組」
梨花子は、顔を半分クッションに埋めたまま視線を『THEカラオケ★バトル』を映すテレビへと向ける。
そこには梨花子と同じ年の女性が映っていた。歌手になるため上京したものの、一度は諦め実家に帰ったが、その夢をどうしても諦めきれず、周りの反対を押し切り再上京したのだという。そして番組内で行われた大会で何度も優勝し、今日優勝すると歌手への道が近づくらしい。
30歳を過ぎて夢を追いかける決心をするなんて容易なことではない。自然と彼女を応援したい気持ちが芽生えはじめる。
彼女が歌う曲は『三日月』。曲がかかると彼女は、胸に手を置き一瞬目を閉じ、ゆっくりと目を開くと天を仰いだ。その姿は、彼女にしか見えない三日月に、自分の願いを届けるように見えた。凛としたその歌声に梨花子はすっかり聴きいってしまう。「絶対に歌手になる」。梨花子は彼女からその強い想いを受け取った気がした。
歌い終わった彼女は、審査員のコメントを真摯に受け止めると、さっきと同じように胸に手を置き目を閉じて結果を待つ。梨花子も、彼女と同じ格好で結果を待っていた。
「99.896点! 優勝です!」
歓喜の声を上げ、両手で顔を押さえて号泣する彼女を見て、梨花子も感激で胸がいっぱいになる。
「そうよ......諦めちゃダメだよね。夢を叶えるのに年齢なんて関係ないわっ!」
勇気づけられた梨花子は、テーブルの上にあるものをどかすと、スマホを置いた。スケジュールアプリを開くと、「明後日は、船上でセレブパーティーでしょ。日曜は、街コン、翌日は医者と1回目のデート、と。絶対いい人を見つけてみせるんだから!」と意気込んだ。
作/穂科エミ
イラスト/大野まみ