史上初の無敗三冠牝馬・デアリングタクト 日高の小さな牧場で生まれた牝馬に起きた3つの出会い

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2020.11.21

150年を超える歴史を誇る日本競馬において、史上初めて無敗でのクラシック三冠馬が牡馬と牝馬で達成された2020年10月。空前絶後の偉業を達成したデアリングタクト(牝3 栗東 杉山晴紀厩舎 父エピファネイア)とコントレイル(牡3 栗東 矢作芳人厩舎 父ディープインパクト)には数多くの関係者が携わってきたことでこの伝説が生まれたが...... 2頭の躍進を支えたホースマンたちのことは競馬ファンにもほとんど知られていないだろう。

2頭の無敗の三冠馬が生まれる舞台裏にあるドラマに迫った。


三冠馬に潜む、人知れぬドラマに迫る

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デアリングタクト 写真:山根英一/アフロ


牝馬三冠を成し遂げたデアリングタクト。牝馬三冠を達成した馬は1986年のメジロラモーヌから始まり、スティルインラブ、アパパネ、ジェンティルドンナ、アーモンドアイとこれまでに5頭が達成しているが、彼女たちはいずれも日本を代表する大牧場の生産馬。

年間で500頭以上の競走馬が生産される中で、彼女たちは父も母も活躍し生まれた時からすでにエリートとして扱われ、調教も流行の最先端を取り入れた国内最高峰のトレーニング施設で行なわれ、競走馬としての土台を作っていく。

ところが、デアリングタクトはそうした世界とは無縁の存在。彼女が生まれた長谷川牧場は老夫婦が経営する日高の小さな牧場で、競走馬の生産頭数は年間で10頭未満という少なさ。

だが、牧場長の長谷川文雄氏は「愛情をかければ、馬が恩返ししてくれる」という信念のもと、生産馬に愛情をかけて育てている。デアリングタクトの場合は母親のデアリングハートを落ち着かせるために馬房内に1日中ジャズを流してみたり、同じ敷地内で牛や羊とともに育ててみたりと、ユニークな方法でこの親子に接した。

こうした環境で生まれ育ったデアリングタクトが1歳になった夏、日本最大の競走馬のセリ市、セレクトセールに参加することになった。ここで彼女を見出したのが岡田スタッドグループの代表、岡田牧雄氏である。

「他の馬と比べると体ができていなかったが、伸び伸びしていた」というデアリングタクトを岡田氏は1200万円で落札。競走馬1頭につき1億円以上の高額で取引されることが珍しくないこのセールでは破格の安さとなったが、「正しい育成をすれば、将来良くなる」という思いで岡田氏はデアリングタクトを育成していった。

その育成内容とは風速50mを超える強風が吹き荒れる環境の襟裳の牧場で、20時間以上の昼夜放牧を施すというもの。昼間よりも夜間の方が運動量が増えるサラブレッドの特性を生かしたもので、最新鋭の育成施設を用いるトレーニングとは真逆のものだが、厳しい自然環境に身を置くことで体質が丈夫になり、精神面でも鍛えられるという。

伸び伸びとした環境で生まれ、昼夜放牧を経て心身ともにタフになったデアリングタクトは2歳時、育成を担当する牧場のノルマンディーファームへ移された。ここでスタッフの渡邉薫氏に出会ったことで、牧歌的な環境で育ってきた彼女に欠けていた闘争心に火が付き、杉山晴紀調教師に預けられるころには、競走馬としての土台が完璧に作られた状態になっていた。

競走馬を育成するのは調教師だけではない。その裏にいる生産者、馬主、そして育成牧場......これらが1つのチームになったからこそ、日高の小さな牧場で生まれた牝馬が伝説を作ったと言えるだろう。

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デアリングタクトを無敗の三冠牝馬に導いた鞍上の松山弘平騎手が三冠アピール 写真:日刊スポーツ/アフロ


無敗で三冠制覇を達成したデアリングタクト、コントレイルの2頭が次走にどのレースを選ぶか注目が集まっていたが......2頭の答えは11月29日のジャパンCへ向かうという全く同じものだった。

「最高の一戦にワクワクが止まらない」(コントレイル主戦騎手・福永祐一)
「強い馬と戦えるのは楽しみ」(デアリングタクト主戦騎手・松山弘平)

2頭の主戦騎手がまだ見ぬ強敵との対戦を「楽しみ」としつつ、相棒への信頼を語ったが、さらにこのレースには現役最強馬・アーモンドアイが参戦することを表明。2頭の2歳上に当たるアーモンドアイもまた、2018年に牝馬三冠を達成した名馬で、その後もG1タイトルを積み上げ、11月1日に開催された天皇賞(秋)も楽勝して、芝GIの勝利数は史上最多となる8勝をマークしたばかりだ。

そんな偉業を達成した馬が3頭も一堂に会するなんて、日本競馬史上に例を見ない最高の一戦になることだろう。


■文/福嶌 弘(フリート)