フェンシング・三宅諒 コロナ禍で取り組んだ「配達バイト」の経験と五輪選考を追った

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2021.5.19

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そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

ロンドンオリンピックのフェンシング・フルーレ団体銀メダリスト、三宅諒。慶応大学時代に哲学を専攻していたフェンシング界きっての頭脳派だ。

フェンシングは3つの種目からなる。全身が的で、どこを攻撃しても良い「エペ」、狙うは上半身のみの「サーブル」、そして三宅の行う「フルーレ」のターゲットは胴のみ。攻撃範囲が狭い分、より緻密な戦術が求められる。

頭脳派の三宅にとって、フルーレという種目は合っていたのだろう。太田雄貴とともに出場したロンドンオリンピック。チーム最年少ながら冷静沈着な試合運びで日本男子団体初の銀メダル獲得に貢献した。

コロナ禍で取り組んだ配達バイト

そんな彼には、他にも大切にしている経験があるという。それは...

三宅「ウーバーイーツですね。いい思い出です」

去年、コロナ禍で何もできなかった期間、三宅はウーバーイーツの配達バイトに取り組んだ。オリンピック銀メダリストが自転車に乗ってアルバイトをしているというニュースは瞬く間に広がり、三宅には世界中から多くのメッセージが寄せられた。

世界中の声なき声を力に変えた三宅。そんな彼のパワーの源がもう一つ。

実は去年8月に結婚し、伴侶を得ていたのだ。奥様との出会いはステイホーム中に行われたオンラインでの飲み会というコロナ禍だからこその出会い。それまで、走ることが苦手だったという三宅だが、今ではマラソン好きの奥様の影響で三宅もマラソンが趣味になり、体力づくりにも一役買っている。

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順風満帆なフェンシング人生にブレーキが...

出会いが男を強くする。フェンシングとの出会いも近所のカルチャースクールに顔を出したことがきっかけだ。

その後のフェンシング人生はまさに順風満帆といえる。高校1年で世界ジュニア選手権を日本人で初めて制覇。そこから一気にオリンピックメダリストにまで駆けのぼった。

だが、その飛躍にブレーキがかかったのはリオオリンピックの落選だった。この時代、三宅の得意とするカウンタータイプの戦術が封じられたのだ。

日々戦術がアップデートされていくフルーレはフェンシングの中でも絶対的王者が出にくい種目とされている。リオでの代表落選から8か月間、三宅はフェンシングから遠ざかる。

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スタイルを変え臨んだ五輪代表選考の結果は...

時間をおいて、静かに自分を見つめ直す日々。そして、たどり着いた答えは、後ろに下がりながらカウンターを狙う今までのスタイルから、前に出ながらカウンターを狙う形にモデルチェンジ。すると、時代は再び三宅に微笑みだす。

2018年ワールドカップベスト8入りを果たすと、翌2019年にはチーム最年長として代表に復帰。アジア選手権では金メダルを獲得した。東京五輪を狙える位置まで戻ってきたのだ。

そして迎えた代表選考のかかるドーハでの大会。予選を突破した三宅はトーナメント初戦で日本人と相対す。

序盤、前に攻めながのカウンターで狙い通りにポイントをあげる三宅。だが終盤、相手の猛攻がはじまる。得意の攻撃パターンが、読まれていく。そして極限の戦に...敗れた。

東京五輪を目指した三宅の戦いは終わった。今後は夢に向かって邁進したすべての経験を糧として、新たな目標へと前を向く。

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