山縣亮太「9秒台を意識し出したのは中学生の頃...」日本新記録までの15年、その長い道のりを語る

山縣亮太 写真:森田直樹_アフロスポーツ
6月6日に陸上100mで9秒95の日本新記録を出した山縣亮太(29)が、オンラインでおよそ1時間取材に応じた。
中学生の時に9秒台を意識していたと話した山縣。当時は11秒4から残りの「競技人生1.5秒を縮めてやる」と思いながら挑んできた、とおよそ15年前に掲げた悲願を達成した。ここ数年は、肺気胸や右膝の怪我もあり、苦しんできた山縣。まさに山あり他にありの競技人生で掴んだ快挙だった。
また山縣は日本スプリンターの進化について、1998年に伊東浩司氏が10秒00を出してから、日本短距離界が10秒の壁を破るために取り組んできたことが蓄積された結果と先人たちに敬意を込めた。
今後は6月24日から始まる日本選手権で3位以内に入り、ロンドン・リオに続いて3度目のオリンピックを目指す。29歳で迎える東京での舞台でファイナリストになることを誓った。
山縣亮太インタビュー
Q.9秒台までの道のりは?
長かったですね。僕自身9秒台を意識し出したのは中学生の頃なんです。自己記録が11.4秒の頃から意識をし出して、「残りの競技人生でこの1.5秒を縮めてやる!」と思った日が懐かしいです。
そこから色々あって残り0.4〜5秒くらいまでは割とすぐにいったんですけど、その0.4〜5秒を縮めるのが、まぁ本当に山あり谷ありでした。
ご存知の通り怪我もありました。10.00秒までいったけどそこから怪我があったりだとかここ2年はあったので、膝を痛めてからは「9秒台のスピードにこの膝は耐えてくれるのかな」と、不安になった時期もありました。そういう意味で今回は、「やっと出たな」という思いが強いですね。
2013年の4月くらいから本格的に狙っていたので、もうちょっと早く出したかったです(笑)。
2021 布勢スプリント 男子 100m 決勝 山縣が日本新記録 写真:森田直樹_アフロスポーツ
Q.日本の100mの進化について。
桐生(祥秀)くんが9秒台を出すまでの20年間というのは、これまで色々な選手たちが長く色々な理論などに取り組んできたことで蓄積された時間だったと思います。他の選手が出し、それで今回自分が出すことができたと思います。そういう風に伝わってきたのかなと思うので、やっぱりその20年間蓄積が大事な時間だったんじゃないかなと僕は感じています。
Q.3度目の五輪については?
もしオリンピックに出場できれば3大会目になるので、今度こそは準決勝で自己記録を更新して9秒台を出して決勝に残るということを達成したいなと思いますし、リレーはリオ五輪以上の結果を出せるように、その一員になれるように頑張りたいです。