【スプリンターズS】ジャンダルム 回り道の末に掴んだスプリント親子GI制覇

2022スプリンターズステークス(GI)ジャンダルムが優勝 写真:東京スポーツ/アフロ
ただ、頂を目指して~第56回スプリンターズS回顧~
「やっと、母ちゃんと同じような走りをするようになったんだ」――
スプリンターズSの最後の直線、早めに先頭に立って踏ん張るジャンダルムの姿を見て、20年前にこのレースを勝った母ビリーヴの姿がダブって見えた。
今から20年前のスプリンターズSを制したビリーヴは翌年の高松宮記念も制し、スプリントGIの秋春制覇を果たした名スプリンター。
当然、繁殖牝馬としても期待され、アメリカで毎回のように一流種牡馬を種付けされたが......産駒たちは母のように活躍することはなく、GⅠどころか重賞への出走すらおぼつかないという物足りない成績が続いていた。
そんな中で現れた7番仔がこのジャンダルム。アメリカの芝中京距離のGIを2勝しているキトゥンズジョイを父に持つことで、これまでの兄姉たちよりも距離に融通が利き、実際に2歳時にはマイルのデイリー杯2歳Sを制して2000mのGI、ホープフルSでも2着に入るなど、翌年のクラシック戦線に期待を持たせた。
しかし、結果的にこれがジャンダルムを遠回りさせることに。
3歳春はクラシック戦線に挑むも惨敗を繰り返し、マイルへと矛先を変えた秋以降も振るわず。ジャンダルムが3勝目を挙げたのは5歳になった直後のニューイヤーCだった。
2歳時以来となる復活の勝利を挙げたが、今度はジャンダルムに出遅れ癖が付いて回った。
スタートの出が悪いためになかなか位置を取りに行けず、ジャンダルムは直線で猛追しても届かないというレースを繰り返すように。出遅れ癖を何とかしようとこれまでに武豊、アッゼニ、藤井勘一郎と様々な名騎手たちが策を凝らしてきたが、結果的に改善は見られなかった。
そんな5歳の夏に出会ったのが、荻野極。信越Sで5戦ぶりの勝利を挙げると、6歳春の春雷Sも制覇。母が得意とした短距離にステージを変えたことで本来の走りを取り戻したかのように見えた。
だが、相変わらず重賞の壁は厚く、果敢に挑むも掲示板に乗るのが精いっぱい。
7歳になった今年、ジャンダルムはようやくオーシャンSで2歳時以来の重賞制覇を果たしたが、その直後の高松宮記念は11着、スプリンターズSの前哨戦として挑んだ北九州記念は17着と惨敗を繰り返した。
そうして迎えたのがスプリンターズS。セントウルSをレコードで制したメイケイエール、NHKマイルCの覇者であるシュネルマイスターらが人気を集める中でジャンダルムは8番人気の低評価。
ここ2戦の内容を考えると致し方ないところだが、実はスプリンターズの舞台である中山芝1200mは[2・0・0・1]という得意コース。
それだけに自信があったのか、パドックでの周回も余裕を感じるほどで、この後の激走にどこか期待を抱かせるものだった。
そんなレースではゲートが開いた瞬間から驚かされた。なんとジャンダルムはスタート直後から好スタートを切って先頭に立とうとしていたのだ。
逃げると思われたテイエムスパーダのダッシュが付かなかったというアクシデントがあった中で出遅れ癖のあるこの馬が生涯でも最高のスタートを切って見せたのだから驚かないわけがない。
軽快なダッシュを見せて行為を取りに行くジャンダルムの姿はまるで母ビリーヴが乗り移ったのではないかと思わせるほどだった。
好スタートを切ったジャンダルムはその後、ハナを主張するテイエムスパーダ、ファストフォースに先頭を譲って離れた3番手に。2頭が激しく競り合ったことで前半3ハロンのタイムは32秒7というこの10年で最速となるハイペースに。
そうした流れに合わせて控えたジャンダルムの後ろにメイケイエールらの人気馬が付けるという展開になった。
迎えた最後の直線、逃げるテイエムスパーダをあっさりと交わして先頭に立ったのはジャンダルムだった。スタートから好位に付けて流れに乗り、直線早めに先頭に立つというレース運びはまさに母ビリーヴと同じもので、そこからゴールまで踏ん張るのもまた同じ。
距離が長すぎたクラシックやマイルへの挑戦や出遅れ癖などなど、いろいろ回り道をしてようやくたどり着いたのが母と同じスプリント戦で正攻法でのレース運びだった。
母仔2代によるスプリントでの先行抜け出しが負けるわけがないとばかりに、鞍上の荻野極も懸命に左鞭を入れてもうひと伸びさせると、ジャンダルムはセーフティリードを確保。
最後に3歳馬ウインマーベルが迫ってきたが、「若僧にはまだまだ負けんよ」と言わんばかりの走りでウインマーベルの追撃をクビ差凌いでGⅠ初制覇。
まるで母ビリーヴを彷彿とさせるかのような横綱相撲なレース運びでジャンダルムは史上初となるスプリンターズS母仔制覇を達成して見せた。
馬とともに自身も初のGI制覇となった荻野極はレース後「感謝でいっぱい。感謝の気持ちだけですね」と相棒であるジャンダルムをねぎらった。
思えば、出遅れ癖のあるこの馬を毎回出遅れさせることなく、好スタートさえ決めるのがこの荻野極である。人馬の相性が勝利に結びついたとも言えそうだ。
7歳にしてスプリントの王になったジャンダルム。母と同じGⅠを制し、ようやく上り詰めた頂からはいったい、どんな景色が眼下に広がっているのだろうか。
■文/福嶌弘