レッドソックス吉田正尚を育んだ福井の名門・敦賀気比高校に迫る。小さな体で脅威の打撃『吉田ネット』は総工費1,200万

見えない力で未来を切り拓く者たちを私たちは今、サムライと呼ぶ。
MLB ボストン・レッドソックス所属の吉田正尚(30)もそう。
活躍はご承知だろう。メジャー1年目で首位打者争い。なぜ打てるのか?なぜ愛されるのか?
今年3月のWBCでも類まれな打撃技術で侍ジャパンを救い、優勝の立役者に。侍たちの中心には吉田がいた。
野球人生に探った打撃の礎。するとそこには、人間力をも養ったある舞台が見えてきた。
福井の名門・敦賀気比高校
母校である福井の名門、敦賀気比高校だ。甲子園出場は春夏合わせて通算21回。8年前には全国制覇も成し遂げている。

吉田の他、内海哲也、山﨑颯一郎(オリックス)といった新旧のWBC戦士も敦賀気比の出身。その野球哲学をカメラは探った。
吉田正尚を育んだ秘密。山と海に囲まれた北陸の町。市街地を離れた高台に敦賀気比高校はある。
下校時間。95人を数える野球部員も授業を終えた。学校の敷地内に寮がある。
毎日繰り広げられるという光景をカメラは狙った。大急ぎで着替えを済ませると、500メートル先のグラウンドへ猛ダッシュ。かつての吉田も同じように走っていたという。
現役野球部員「1秒でも早く練習を始めるために」
と言いつつ、まずは学年問わず全員で掃除。これもまた、吉田がいた頃からの伝統だ。
2011年からチームを率いる東哲平監督に聞くと、「自分たちが使わせてもらっている施設やグラウンドを大切に綺麗に使うのは、すごく大事なこと。そういうことがしっかりと身に付かないと、野球の上達には繋がっていかないと思います」
道具も同じ、大切に扱う。こうした心掛けが、1球をおろそかにしない習慣に繋がる。

1年から4番だった高校時代の吉田
高校時代の吉田は1年から4番だったが、特別扱いは一切されなかったという。
福井市内にある吉田の実家を訪ねた。吉田が使っていた部屋は、
吉田の父・正宏さん「当時のままです」
壁には高校のユニフォームと大学日本代表のユニフォームが飾ってあった。クローゼットの中にも、小学校から大学までの歴代ユニフォームが。帽子やグローブも綺麗に並べられている。
道具は大切にきちんと扱う。吉田の魂が垣間見えた気がした。
窓際には、小学校の時に自分のサインを練習していたというサイン入りボールが。
父・正宏さん「その時からプロ野球に入りたかったのかもしれないですね」

総工費1,200万の『吉田ネット』
非凡な才能は明らかだった。体は小さいのに白球はどこまでも飛んだ。
中学時代のグラウンドにはその名残が残っている。場外ホームラン連発の対策で作られた『吉田ネット』。総工費1,200万がかけられた。
身長173センチで凄まじい打球の強さ。高校時代の東監督はこう証言する。
「最初に見たときは本当にビックリしました。中学時代、体は小さかったけどスイングもボールの飛距離も全然違った。高校1年の練習試合で、吉田の打球の速さで1塁手が鎖骨にボールが当たって骨折しました。だから僕もティーバッティングで投げるのが怖かったです。『これ当たったら大怪我するな』と思って」

吉田と同学年の川下竜世野球部現コーチは、「高校生の時はどんな人がプロに行くのか分からないじゃないですか。逆にあれで行かなかったらどんな奴がプロに行くんだと思いました。1年生の夏に打率6割8分、確かそんな記憶があります。むちゃくちゃ打ってましたね」
1年生から3年間ずっと4番だった吉田。6割越えという脅威の打撃はどう磨かれたのか。
敦賀気比の練習にはその伝統が今も息づいている。特別なことには目を奪われずに基本を徹底する。それが部の理念。振って振って振り抜いて。1日1,000スイングを超えることも。
同時に体力と筋力の強化も柱にしている。現在はマッチョで知られる吉田も、高校1年生の頃は線が細く、そこから少しずつ逞しくなっていった。
決して驕らず足元を見つめた高校時代。あの日があるから今がある。

俊足巧打のキャプテン・濱野孝教くん
第105回全国高等学校野球選手権福井大会2回戦。5大会連続の甲子園出場を狙う敦賀気比。そのキーマンは、スカウトも注目するこの打者だった。
この日も2安打2打点でチームを引っ張る、俊足巧打のキャプテン・濱野孝教(たかみち)くんだ。
吉田と同じレフトを守り、1年生からベンチ入り。甲子園もすでに3度経験している。
吉田先輩のことは「高校も同じですが、僕も(中学時代)鯖江ボーイズ出身。身近な先輩が大リーグで活躍していて、すごく誇らしい先輩です」と語った。
吉田と同じ道を進んできた濱野くん。当時オリックスにいた吉田に憧れ、同じ背番号34番をつけていた。同じ右投げ左打ち。福井で育った濱野くんにとって、似た環境の吉田の活躍は何よりの励みだった。
努力は必ず実る。吉田を見ればそう信じられた。

高校最後の夏
そして今、目に映るのはキャプテンとして臨む高校最後の夏。5大会連続の甲子園出場を何としてでも勝ち取りたい。
「まずは出場できるように。負けたら終わりの戦いなので、自分が今まで練習してきたという自信を持って、声を出して思い切りやりたいです」
迎えた福井県大会準々決勝。相手は古豪・福井商業。6回までに9点を失う苦しい展開。
7回表の攻撃、仲間を鼓舞する濱野くんだったが、試合は無情にもコールド負けの崖っぷちに。1アウト満塁のチャンスを作り、あと1人出れば濱野くんに回る場面。2点返せば試合は続く。
しかし、サードゴロがダブルプレーに。敦賀気比は0対9でコールド負けを喫した。
試合後、濱野くんは涙を流した。
「3年間の気持ちを込めて、1球1球必死でやり抜く。そこはできたと思う。その中で勝ち切れなかったのは本当に悔しい」
同じように最後の夏、甲子園を逃した吉田。メジャーへの夢を掴んだ時、こう語った。
「悔しいという気持ちがないとダメ。目標に向かって頑張ったら繋がっていくと今になって分かる」
夢よ、つながれ。