シンボリクリスエス「最強を見せつけて引退した漆黒の帝王」【もうひとつの最強馬伝説】

シンボリクリスエスが青葉賞を快勝 写真:スポニチ/アフロ
もうひとつの最強馬伝説 ~関係者だけが知る名馬の素顔
2002~2003年にかけて天皇賞・秋と有馬記念を連覇し、2年連続年度代表馬に輝いたシンボリクリスエス。
黒鹿毛の雄大な馬体から「漆黒の帝王」の異名を持つ同馬は、新馬勝ち以降、条件戦を勝ちあぐね、クラシック戦線に乗り遅れたかのように思えた。
しかし、体質の弱さもあってじっくりかつ慎重に成長を促してきた陣営の期待に応え、青葉賞を快勝。日本ダービーへと駒を進めた。
今回はそのシンボリクリスエスの現役時代について、同馬を管理していた藤沢和雄元調教師から聞いた話を、選りすぐりの名馬36頭の素顔と強さの根源に迫った『もうひとつの最強馬伝説〜関係者だけが知る名馬の素顔』(マイクロマガジン社)から一部抜粋してお届け。
現役時代に管理した藤沢和雄が初めてシンボリクリスエスを見たのは生まれてから数カ月後。自身の仕入れでアメリカ(サラブレッドセール)を訪れた際、繋養先の牧場に立ち寄ったのだそうだ。
「仔馬の頃から立派で大きかった。真っ黒で見栄えがしましたね」と、藤沢は当時の第一印象を語る。
1歳時にはアメリカの幼駒セリに上場されたが、希望額に達しなかったために主取り(セリに出した馬に買い手がつかなかったり、価格が希望に達しないとき、生産者が値段をつけて引き取ること)として買い戻すことに...。
ここで買い手がついていれば日本で走ることはなかったのだ。そのまま現地で育成を施し、来日後は藤沢厩舎に預託された。
「売りに出したと聞いていたので、びっくりしました。正直、身体が大き過ぎるんじゃないかと思っていたんですけどね」
この段階でクリスエスの馬体重は500キロを優に超えていた。見た目の立派さとは裏腹に「調教を進めていくと腰に疲れが残りやすく、いかにも身体を持て余していた」という。
ゆえに入厩後も体質の弱さと向き合いながら、慎重に乗り込んでいくしかなかった。
「なかなか思うような調教ができず、デビュー前も軽めにしか乗れなかった。それでも初戦から勝ってくれたし、元々の能力が高かったんだと思います」
3歳時の2戦目以降は勝ちあぐねたが、5戦目の山吹賞でようやく3勝目をマークした。
「腰が弱い分、ゲート(の出)も遅かった。それで2勝目を挙げるまでに時間がかかってしまったんだけど、山吹賞の頃から馬が変わってきたんです。グングンと良くなっていきました」

(c)SANKEI
するとダービートライアルの青葉賞を2馬身半差で完勝。前年からクラシックレースが外国産馬に開放されたこともあり、「久しぶりにクラシックディスタンスで楽しみな馬が出てきた」とダービーへの手応えをつかんだ。
ところが、このレースの手綱をとった武豊騎手からは思わぬ言葉が返ってくる。知る人ぞ知る、有名な会話だ。
「こちらとしては色気を持っていたんだけど...。ユタカくんには『この馬、秋になったら良くなりますよ』と言われました。結局、本番のダービーは何とか2着。勝ったのは彼が騎乗したタニノギムレットでした。さすがだと思いましたよ。やはり、春のクラシックレースでは早い時期から〝王道路線〟を歩んできた馬たちが強い。それは紛れもない事実だと思うし、歴史が証明している。この馬に教えてもらった教訓のひとつです」
■シンボリクリスエス プロフィール
生年月日:1999年1月21日生まれ
性別:牡馬
毛色:黒鹿毛
父:クリスエス
母:ティーケイ(母父:ゴールドメリディアン)
調教師:藤沢和雄
馬主:シンボリ牧場
生産牧場:ミルリッジファーム(米国)
戦績:15戦8勝
主な勝ち鞍:天皇賞・秋(2回)、有馬記念(2回)

もうひとつの最強馬伝説 ~関係者だけが知る名馬の素顔
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編:マイクロマガジン引退馬取材班
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