歴史に残る24分間の大激闘 阿部一二三 崖っぷちからの逆転返しで掴んだ悲願の五輪代表内定

柔道

2020.12.13



    まさに歴史に残る激闘だった。

     柔道の男女14階級の中で唯一日本代表が決まっていなかった男子66kg級。その一枠を決める東京2020オリンピック柔道男子66kg級日本代表内定選手決定戦は、12月13日講道館大道場で丸山城志郎(27・ミキハウス)と阿部一二三(23・パーク24)の間で争われ、のべ24分という長丁場の末、阿部が優勢勝ちを収め、五輪代表に内定した。

     延長戦(ゴールデンスコア)は時間無制限ながら、20分を越える激闘は個人的に観たことがない。勝負の分かれ目はお互いの技をかけ合った攻防だった。

    阿部が大内刈を仕掛けたところを丸山は返したが、阿部はさらに返すかのように相手の上にかぶさる形で倒れ込んだ。最後はビデオ判定となったが、試合が終わった時点で阿部はガッツポーズを作っていた。闘った当事者ならば、どちらが勝ったのかがすぐ分かる。

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    丸山城志郎vs阿部一二三 Photo:Itaru Chiba

     柔道の醍醐味である、華麗な投げ技で勝負が決したわけではない。正直、見た目だけで判断すれば、派手さを感じさせる一戦ではなかった。それでも、最初から最後まで固唾を呑んで凝視さぜるをえないような濃密な空気が漂う一戦だった。

     無観客試合で行なわれたため、コーチ以外の声が聞こえないムードがかえって緊張感を膨らませたのだろうか。いや、見ている方にも緊張せざるをえないだけの理由はあった。57年ぶりとなる自国開催となるオリンピック代表の座がかかっているということに加え、2015年から続く丸山と阿部のライバルストーリーがコアな柔道ファンだけではなく、市井の人々の胸を打つものだったからだ。

     阿部は新世代の騎手として高校時代にすでに台頭。のちに2016年リオデジャネイロ・オリンピックで銅メダルを獲得する海老沼匡(パーク24)を破る殊勲の星をあげていた。その勢いで阿部はリオ五輪出場を狙ったが、講道館杯で思わぬ敵が立ちはだかる。丸山である。結局丸山は海老沼に敗れたため、ふたりともリオに行くことはなかったが、その時点からふたりのライバルストーリーは始まっていたことになる。

     その後、阿部は2017年、2018年と世界選手権で優勝し、東京オリンピックの最有力候補といわれるようになった。すでに「東京オリンピック代表は阿部」と決めつけているような世間の風向きに丸山は嘆いた。

    「意味がわからない。試合をやる前から悔しいなんて」

     ここで丸山は阿部との直接対決を制することで、世間の風向きを変える。果たして18年のグランドスラム(GS)大阪から19年の世界選手権まで丸山は阿部に3連勝をマーク。逆に東京オリンピック出場に王手をかけていた。向こう気が強く積極的に前に出る阿部に、カウンターで仕掛ける丸山の得意技のひとつである巴投は有効だった。

     昨年11月のGS大阪で阿部を倒せば代表権を手中にすることができた。対照的に一時は"当確"とさえいわれていた阿部は崖っぷちに立たされた。しかし、ここで阿部が踏ん張り一矢を報いたため、代表争いは再び振り出しに戻される。

     後日、丸山は一時はケガのためGS大阪を欠場するかどうかまで悩んだことを明かしている。そして、そういった気持ちの揺れがスキにつながったと分析した。

     結局、そのGS大阪から今回のワンマッチまで丸山は13カ月という長いインターバルを空けることになった。試合勘という部分で、このインターバルを不安視する向きもあったが、筆者はそれより負傷箇所が完治していたのかどうかが気になった。

     戦前、識者の予想は「前半戦ならスタートダッシュに強い阿部が有利。後半戦になればスタミナのある丸山が有利」という意見が大勢を占めていた。しかし実際には丸山も前半から攻める一方で、後半になっても阿部の攻める姿勢が衰えことはほとんどなかった。ふたりとも進化していたということか。やはり過去のデータはある程度の目安にしかならない。

     そうした中、阿部の最大の勝因が何だったかといえば、気で押しまくったことに尽きる。実力が伯仲している者同士が闘った場合、技術やパワーで優劣がつくことは稀だ。だったらどんなところで勝負の振り子が傾くかといえば、それはもう気で押しまくったうえで一瞬のスキを生み出すしかない。

     勝負とは、そういうものだ。

     さらに、この日講道館の試合場に立った阿部は片手だけでも積極的に技を仕掛けようという攻めまくる姿勢を終始見せていた。白眉は、その眼光が最後まで衰えることがなかったということだろうか。

    なんという気力。
    なんという集中力。
    なんという覚悟。

    試合後、丸山は潔く敗北を認めた。

    「勝負の世界は結果が全て。(妻や仲間に)恩返しできなくて申し訳ない」さらに「まだ俺の柔道人生は終わっていない」と続けた。

    「これかも諦めず前を向いて、もっと精神的にも肉体的にももっと強くなれるように精進したい」

    一方、阿部は人目をはばかることなく涙を流し、激闘を振り返った。

    「すごく長かったと思うけど、1シーンも忘れられない闘いになりました」

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    阿部一二三 Photo:Itaru Chiba


    文=スポーツライター・布施鋼治