ハンドボール日本代表キャプテン・土井レミイ杏利 フォロワー数240万人以上を抱える人気者の素顔と執念
2021.8.10
そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない
注目のオリンピック選手がブレイクしたきっかけは、競技の結果ではなく自作のオモシロ動画だった。
愛称レミたん。スマホなどで動画を共有するTikTokの世界でフォロワー数240万人以上。その名はあまねく知れ渡っている。
本名は土井レミイ杏利。
【動画】ハンドボール・土井レミイ杏利 33年ぶりの五輪に挑む日本のキャプテンに密着/Humanウォッチャー
日の丸を胸にハンドボール日本代表のキャプテンを務めている。
フランス人の父と日本人の母の間に生まれ千葉県成田市に育った日本男児。日本にとって33年ぶりのオリンピックで注目選手の一人だ。
ハンドボール認知拡大への執念
追わせてもらった日常生活。見えてきたのはマイナー競技に生きる男の涙ぐましい執念だった。
この日の仕事は雑誌のグラビア撮影。競技とは全く関係のない仕事を彼は二つ返事で引き受けた。
自分の名前が広まればハンドボールへの認知も広まる。それが最大の願いだから、TikTokの動画投稿もその一環で続けている。
フォロワー240万という数字は驚異的なレベルだという。若者や子供の人気は絶大。となれば、あらゆるメディアが放っておくはずもなくオフの日は取材や出演が目白押しとなる。
この日は朝から4つの現場を掛け持ち。食事の時間も満足に取れず歩きながらコンビニオニギリを食べるスケジュールだが、取材のオファーは断らないと決めている。
マイナー競技だった日本のハンドボール
180センチ、80キロの31歳。失敗を恐れず勝負どころで果敢に攻め込む強いメンタルが武器。日本代表でもチームの精神的支柱でキャプテンを任されている。
ハンドボールはヨーロッパで生まれた競技で、現在200カ国以上に普及し1972年からオリンピック競技となっている。ヨーロッパでの人気は根強くサッカーの名門、バルセロナやパリサンジェルマンもハンドボールのプロチームを持っている。
日本は長く暗黒時代が続いた。7大会連続でオリンピック出場を逃し、マイナー競技の烙印を打ち消せずにきた。リオ予選敗退を機に協会は英断をくだす。世界最優秀監督にも選ばれたヨーロッパきっての名将を日本代表監督に招聘したのだ。
施されたチーム改革の目玉が土井のキャプテン起用だった。
外国勢に対し、気持ちで負けていた日本を、土井の闘志で鼓舞することが狙いのひとつだった。
目論見は当たり、今年1月、日本は世界選手権で24年ぶりに予選ラウンドを突破。チーム力の向上を証明して見せた。
フランスで経験した人種差別
周囲が認める強い精神力はいったいどう育まれたのか。
パリ生まれの日本育ち。読書が大好きで勉強もできる少年だった。
ハンドボールは先に始めた兄を追って小学3年生で始めた。大学は名門、日本体育大学。毎日すさまじい練習を重ねた。耐えられたのはプロ、そして日本代表になるという夢があったから。
だが猛練習の代償で膝を故障し、心も折れた土井は競技を引退した。
その後、父の勧めでフランスへの語学留学を果たす。小学3年生以来、ハンドボールをしない初めての日々。
しかし皮肉にも...フランスは世界屈指のハンドボール大国。国民的人気スポーツでテレビ中継も頻繁にあり、土井の中でハンドボールへの気持ちが少しずつ蘇ってきた。
趣味として再開したハンドボールだったが、気がつくと膝の痛みは消えていた。地元クラブでの活躍を続けフランスに渡って1年、ついにプロチームと契約を結ぶ。
だが、そこでまた大きな壁が。チームメイトからの人種差別。
名前すら覚えてもらえずアジア人蔑視の呼び名で呼ばれ続けた。
34万件以上の「いいね」
二つの母国と二つの文化。その狭間に時に生まれるすれ違いは本人が正すしかない。
土井はやってのける。ある日、彼らにこう迫ったのだ。
「フランスと日本の血を持つ俺を理解してくれ!」
その一言が響き、土井はチームに溶け込んだ。
計6シーズン、日本人初のオールスターも経験し、土井は帰国した。今、日本代表の頼れるキャプテン。
「苦しいときには俺にまわせ。」
その姿勢が仲間を勇気付けている。
最近、呼び止められることが多くなった。TikTokのおかげで自分を出して、自分の道を進んでいる実感がある。
そんな土井は東京オリンピック直前に投稿したTikTokで重大な発表をした。オリンピックが終わるまでTikTokは休止するという。
この決断に対してなんと34万件以上の「いいね」が付いた。
その数は応援の証。
期待を背負う東京オリンピックへ。全力で走り切って志を遂げたい。