スケルトン選手・髙橋弘篤 異例の代表候補選考会「落選」から、未来を模索する日々

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2022.2.2



そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない。

活動拠点の宮城で未来を模索する日々。2021年10月、スケルトン選手・髙橋弘篤は人生最大の困難にぶつかっていた。

異例の形で行なわれた代表候補選考会で落選。北京オリンピックへの道が途絶えてしまったのだ。

代表候補から外れたため、国際大会にも出られない状態で連盟に方針転換を訴えている。

選考会は氷の上を実際に滑るのではなく筋力を中心とした記録計測だった。

理由のひとつは...日本にスケルトンコースがないこと。唯一あったコースはすでに閉鎖され、海外での選考会は費用が掛かり過ぎるという事情があった。

異例の選考会

かくして行なわれた異例の選考会。競技を束ねる連盟は独自の基準でそれぞれのテストに超えるべき記録を設定した。

テストは計8つ。連盟が定めた基準を上回らなければならない。人数制限を設けていなかったが選考を通過したのは二十歳の大学生ただ一人だった。

世代交代に直面する髙橋は突破口を信じてトレーニングを続けた。



スケルトンのタイムを決めるのは脚力だけではない。コーナーでの体重移動などにはベテランの技が光る局面も多い。だから、試合に出してさえ貰えればという思いが周囲にもある。

生まれも宮城で、地元企業の協賛金で競技を続ける。十年前に結婚した妻は働いており、子供は二人いる。

連盟を批判するつもりはないが見直してほしい。その一心。

番組が連盟に取材を申し込んだところ、書面でのやりとりのみが許された。

髙橋の要求については「氷上滑走での選考に進むには基準をクリアしなければならない。去年3月の説明会で選手全員に周知しているので、連盟としては一度さだめた基準を覆すことはできない。」という返答だった。

最後の賭け

運命は変えられるのか?

髙橋はカナダで行われる国際大会への自費参加を決める。それは北京オリンピック出場への最後の賭けだった。

そもそも髙橋は日本代表候補ではないため大会には出場できない。だがスケルトンには選手に先んじてコースを滑り、安全性を確かめる"前走者"という役割がある。

髙橋はその役を買って出たのだ。そこで好タイムを出して、連盟に訴えることで北京オリンピック代表入りを狙う。



納得の滑りだった。髙橋のタイムは出場者に当てはめると6位に当たる好記録だった。タイムがもっとも近いアメリカの選手はのちに北京オリンピック出場を決める。髙橋はその事実を自ら連盟に伝えた。

さらにカナダからアメリカに渡り、3つの大会で前走者を務めた。日本にはコースがないので氷を滑るだけでも収穫にはなる。

しかし、連盟の決定は変わらず北京への架け橋はいまだ築けない。

4年後へ向けて

髙橋の海外からのアピールに対し、連盟はこう言及している。

「彼の行動力や思いは良く感じている。しっかりと結果を残して、若い選手の見本になってくれるのが理想だったが、残念ながら少しポイントが足りなかった。我々も基準を作った以上、それを曲げるわけにはいかないので致し方ないと思っている。」

連盟の基準で選んだ二十歳の大学生は国際大会でポイントを稼げなかった。

日本は自力での北京オリンピック出場枠獲得を逃し、スケルトンのオリンピック連続出場は事実上、途絶えた。

しかし髙橋は既に4年後へと走り始めている。 自分をあきらめる理由はまだないから。