アグネスデジタル「場所もコースも問わず大活躍した二刀流」【もうひとつの最強馬伝説】
2003年安田記念(GI)四位洋文騎手騎乗のアグネスデジタルが優勝(c)SANKEI
やる気が感じられず鞍上を不安にさせる馬
2003年の安田記念を勝ったアグネスデジタル。およそ1年の休養明けとなった前走のかきつばた記念で4着に敗退し、6歳にして衰えを指摘されたが、安田記念では当時オグリキャップが持っていたレースレコードを更新するタイムで貫禄の勝利。
6つ目のGⅠの勲章を手に入れた。そのアグネスデジタルの現役時代について、同馬の担当厩務員だった井上多実男さんに聞いたお話を、選りすぐりの名馬36頭の素顔と強さの根源に迫った『もうひとつの最強馬伝説〜関係者だけが知る名馬の素顔』(マイクロマガジン社)から一部抜粋・編集してお届けする(文中敬称略)。
「デビュー前に厩舎の周りで曳き運動をしているとき、よその厩舎の人によく言われたんです。『その馬、大人しいなぁ。それ、走るのか? そんなにボーっとしている馬は走らないぞ』って」
白井寿昭厩舎の厩務員だった井上多実男は、愛しさと懐かしさに満ちた語り口で、当時に思いを馳せた。
そのとき井上が曳いていた馬こそ、後のオールラウンダー・アグネスデジタル。2000年のマイルCSを皮切りに、芝・ダートのGⅠを合計6勝(海外含む)。
2001年の天皇賞・秋では、テイエムオペラオーに引導を渡した馬でもある。
そんな輝かしい戦績とは裏腹に、アグネスデジタルという馬は、とにかくボーっとしている馬だった。
2001年の京王杯スプリングCから主戦を務めた四位洋文も、その独特の空気感に悩まされたひとりで、いわく「返し馬に行っても、まるで寝ぼけているみたいで。
いつも『大丈夫ですか~? 今日は走れますか~? やる気ありますか~?』と聞きたくなるような雰囲気だった」という。
「下見所で欠伸をするくらいの馬でしたからね」と笑う井上。返し馬でイレ込んで鞍上を不安にさせる馬は数え切れないほどいるが、デジタルの場合は真逆。
「落ち着いている」を通り越して「もしかして寝ぼけてる?」の領域で鞍上を不安に陥れる。それでいてしっかり6つもGⅠを勝ってしまうのだから、よほど高性能な〝やる気スイッチ〟を搭載していたとしか思えない。
「あの馬が本気で走るのは直線だけでした。道中はいつも遊んでましたよ。フェブラリーSを見れば、よくわかりますよ。向正面から3分3厘あたり、四位くんが早めに仕掛けましたよね。四位くんはもう必死なんですけど、デジタルはどこ吹く風でなかなか反応しない。馬自身がわかっていたんだと思いますよ、ここはまだ本気で走るところではないと。3歳で勝ったマイルCSのときからそうです。的場(均)さんのインタビューの中に「思いのほか行けなくて...」という言葉があったと思いますが、あの馬はね、わざと行かなかったんです。
『ここはまだ行くところじゃないよ。肝心なところで走ればいいやろ?』みたいなね(笑)。日常でもレースでも、とにかく無駄なことをしない馬でしたね」
「元々あの馬は、ものすごく賢いんですよ」と続けた井上。その口から語られたデジタルの日常には、競走馬らしからぬ驚くべきマイルールが存在した。
「馬房というのは、大体8畳くらいのスペースなんです。信じてもらえるかどうかわかりませんが、そのわずか8畳くらいの空間を、ここはリビング、ここはダイニング、ここは寝室、ここはトイレと、全部分けて過ごしていたんですよ」
なんと! そんな馬、聞いたことない!
「私が知る限り、そんな馬房の使い方をしていたのはデジタルだけです。おしっこで濡れた寝藁を表に干すんですけど、私がいつも少ししか干さないものですから、最初は同僚に『お前、手を抜いているんじゃないか?』と言われたんです。でも、そうじゃない。デジタルの場合、トイレの場所が決まっているから、そこの寝藁だけを干せばよかった。さらに、普通の馬はあちこちでおしっこやボロをするから、馬房の中をウロウロしているうちにそれらを踏むわけなんですが、場所が決まっているデジタルは踏むこともなかった。私としてはね、おしっこやボロを踏んでくれた方が、蹄が柔らかくなってありがたかったんですけどね」
蹄の柔らかさは、水分含有量で決まる。乾燥させないように手入れをするのも厩務員の大事な仕事のひとつだが、普通の馬であれば、排泄物を踏むことで日常的に水分が補給されるという側面があった。
「デジタルは踏まないものですから、どうしても蹄が乾燥してしまうんですね。だから、栗東トレセン近くにあった質のいい粘土を取ってきて、水でこねて柔らかくして、さらに塩を混ぜて。それを蹄底に詰めていたんです。誰にも言いませんでしたが、ちょっとそこだけは苦労がありましたね」
■アグネスデジタルプロフィール生年月日:1997年5月15日生まれ性別:牡馬毛色:栗毛父:クラフティプロスペクター母:チャンシィスクウォー(母父:チーフズクラウン)調教師:白井寿昭馬主:渡辺孝男生産牧場:ラニモードファーム(米国)戦績:32戦12勝主な勝ち鞍:マイルCS、安田記念、天皇賞・秋、フェブラリーS、香港カップ、マイルCS南部杯
もうひとつの最強馬伝説~関係者だけが知る名馬の素顔
第2次競馬ブーム(1990年前後)の立役者・オグリキャップから世界最強馬と称されたイクイノックスまで、ターフを彩った名馬36頭をセレクト。強さや速さはもとより、その素顔はどんなものなのか?
その馬をもっともよく知る関係者(調教師、厩務員、調教助手、騎手、牧場関係者など)への独自取材を敢行。今だから話せる裏話やエピソード、感動ストーリーも盛りだくさんで、名馬の本質を掘り下げていきます。
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第76回安田記念(GI)枠順2026年6月7日(日)3回東京2日 発走時刻:15時40分
枠順 馬名(性齢 騎手名)1-1 レーベンスティール(牡6 戸崎圭太) 1-2 ロングラン(セ8 F.ゴンサルベス) 2-3 オフトレイル(牡5 菅原明良) 2-4 シックスペンス(牡5 武豊) 3-5 サクラトゥジュール(セ9 佐々木大輔) 3-6 ステレンボッシュ(牝5 D.レーン) 4-7 スズハローム(牡6 藤懸貴志) 4-8 シャンパンカラー(牡6 岩田康誠) 5-9 ウォーターリヒト(牡5 高杉吏麒) 5-10 ルクソールカフェ(牡4 岩田望来) 6-11 ワールズエンド(牡5 津村明秀) 6-12 シリウスコルト(牡5 横山和生) 7-13 セイウンハーデス(牡7 幸英明) 7-14 ガイアフォース(牡7 横山武史) 8-15 ドラゴンブースト(牡4 丹内祐次) 8-16 パンジャタワー(牡4 松山弘平) 8-17 トロヴァトーレ(牡5 C.ルメール)※出馬表・成績・オッズ等は主催者発表のものと照合してください。