トルシエ「森保監督は素晴らしい。彼が今の日本代表を率いていることに嫉妬もしている」日本とライバル国の強化策、森保監督への思いを語る
2025.9.7
【動画】FOOT×BRAIN+ #728|https://youtu.be/ABSMXjQuNto
世界最高峰の育成機関「クレールフォンテーヌ」が築いた王国の秘密
これまで「日本サッカーが強くなるためにできることのすべて」をコンセプトに2011年4月に始まった『FOOT×BRAIN』。
番組開始から15年目を迎え、2025年4月に『FOOT×BRAIN+』として新たなコンセプトで生まれ変わった。
日本代表・遠藤航が公言した「ワールドカップ優勝」。FOOT×BRAIN+は「日本がW杯で優勝するためにできることのすべて」をテーマに掲げ、より深く、より徹底的に日本サッカーの可能性を探っていく。
今回の「FOOT×BRAIN+」では、元日本代表監督トルシエと通訳ダバディが、強豪フランスの育成機関「クレールフォンテーヌ」やモロッコの躍進の秘密を徹底解剖。
スター誕生の裏側、日本とライバル国の強化策、森保監督への思いまで熱く語った。
プラティニからエムバペまで--スターを生み続ける土壌
番組MCの勝村政信氏は「僕が最初にフランスのサッカーを見ていた頃は『シャンパンサッカー』と言われていて、シャンパンの泡のように美しくて、パス回しが綺麗で、プラティニを中心とした素晴らしいサッカーをしていた」
フランスサッカーの黄金期、プラティニに始まり、ジダン、アンリ、そして現在のエムバペまで--
なぜフランスは時代を超えてタレントを生み出し続けられるのか。
その答えは、1972年に設立された一つの施設にあった。
敗北から生まれた革命-- クレールフォンテーヌの誕生
クレールフォンテーヌ--
この名前を聞いて、世界のサッカー関係者で知らない者はいないだろう。しかし、この世界最高峰の育成機関も、最初から完璧だったわけではない。
「実は1960年代のフランスは強豪国とは呼べず、ワールドカップでも思うような結果を残せなかった」とトルシエは振り返る。ドイツとの激しいライバル関係の中で、フランスサッカー協会は危機感を募らせていた。
「ドイツに勝つためのフランスの育成レベルが足りなかった。このドイツとのライバル関係が我々の見直しのきっかけになり、1970年から本格的な革命が始まった」
クレールフォンテーヌは国策の一環として設立されたサッカー選手養成所だが、当初は試験的な施設に過ぎなかった。
クレールフォンテーヌが最も重視するのは、13歳から15歳という中学生年代だ。
「16歳で入ってくる選手に欠点があっても、それを修正することができなかった。では、その欠点を直すためには2年前から育成する必要があるのではないか」
トルシエは当時の気づきを説明する。
「13歳から15歳は知的な面でも、身体的な面でも柔軟で変化しやすい時期。悪いポジションや悪いテクニックも修正可能な年代なのだ」
この発見により、1989年には段階的な育成システムが本格的に構築された。
柔軟性があり、固定観念にとらわれていない中学生年代こそが、世界基準の選手を生み出す最適な時期だったのである。
試行錯誤の実験室から世界基準へ
「私は光栄にもこの施設のコーチを務めたことがある」とトルシエは語る。
「目的は、クラブに対して選手育成の道筋を示すことだった」
設立当初のクレールフォンテーヌは、まさに実験室だった。ある年は持久力だけ、次の年は筋力トレーニングだけ、その次はボールを使った練習だけ----
毎年異なるテーマを設けて、選手育成のベストな手法を模索していた。
「当時は選手を育成するためのすべての要素を理解していなかった。1972年は本当に実験のためのラボラトリーで、最終的にフランスサッカーの育成コンセプトを確立するための研究が行われていた」
技術、戦術、身体能力の向上、学業、医学的サポート、そしてビデオ分析----現在のクレールフォンテーヌには、選手を世界トップレベルに押し上げるあらゆる要素が完璧に整備されている。
アンリもエムバペも通った狭き門
現在のクレールフォンテーヌは、まさに選ばれし者たちの聖地となっている。
アンセロッティ、ティエリ・アンリ、そしてエムバペ----
これらのスーパースターたちが巣立っていった施設だ。
「興味深いのは、彼らはクラブに発見されたのではなく、自分から応募してきた選手たちだった」とトルシエは明かす。「クレールフォンテーヌに入るためには書類を提出し、『参加したい、入学したい』という積極的な姿勢が必要だった」
現在、毎年約2000人が応募し、合格するのはわずか1%。20人程度しか選ばれない超狭き門となっている。
クレールフォンテーヌの成功の秘密は、施設単体の優秀さだけではない。フランス全土に張り巡らされた育成ネットワークこそが、継続的なスター輩出を可能にしている。
現在、サッカー協会が管理するアカデミーが約15校、プロクラブが運営する養成所が約20校存在し、クレールフォンテーヌで練り上げられた育成プロセスが全国で共有されている。
「フランスサッカーの素晴らしさは、全ての地方に小さなアカデミー養成所があること。それらをまとめるのはパリのフランスサッカー協会で、徐々に地方のアカデミーから逸材を抜擢していく仕組みがある」とダバディは解説する。
フランス代表の強さを支えるもう一つの要素が、独特の世代交代システムだ。
「フランス代表では、常に心理的・社会的な結束を維持することを重視している。リーダーシップのある選手をコアに置き、そこに若手選手を少しずつ入れていくスタンス」とトルシエは説明する。
注目すべきは、ベテラン選手が自ら引退を決断する文化だ。
グリーズマンの例を挙げ、「彼が代表引退を決めたのは、監督に言われる前に自分で判断したから。より若い新しい選手にチャンスを与えるために、早めに引退する文化がある」
この循環システムにより、常に新鮮な才能が代表チームに流れ込み、長期的な強さを維持している。
日本への賛辞と未来への期待
最後にトルシエは日本サッカーに対する驚きと称賛を隠さなかった。
「日本は私にとって常に驚きの存在。ヨーロッパから遠く、アメリカからも遠い島国でありながら、ヨーロッパ基準に合致する選手を生み出すエコシステムを創り上げている。これは本当に extraordinary(非常に素晴らしい)なことだ」
「日本は世界で唯一、地域の実験室や哲学によって海外で通用する選手を生み出せる国だと思う」
そして森保監督への敬意も込めて語った。
「森保監督は素晴らしい仕事をしている。私は彼の友人であることを誇りに思う。でも同時に嫉妬もしている---- 彼が今の日本代表を率いていることに」
クレールフォンテーヌが築き上げた育成システムは、単なる施設の成功例を超えて、世界のサッカー界に革命をもたらした。
フランスから日本という極東の島国にまでその影響は地球規模で広がっている。
「日本がワールドカップで優勝するためにできることの全て」
その答えの一端が、この50年にわたるフランスの挑戦の中に隠されているのかもしれない。
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