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1分30秒で流れが変わった!アジアカップ銅メダル・戸上隼輔が語る中国2番手に大逆転劇の舞台裏

2026.02.22
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2026.02.22

戸上隼輔 PHOTO:World Table Tennis

それはまさに崖っぷちからの生還だった。中国・海口市で2月7日に行われた「ITTF-ATTUアジアカップ」男子シングルス準々決勝。

戸上隼輔(井村屋グループ/世界ランク19位)は中国2番手の林詩棟(世界ランク2位)に7ゲームマッチで挑み、ゲームカウント1-3と追い込まれていた。

過去の対戦成績は戸上の1勝5敗。分が悪い状況で逆転の可能性は極めて低いと思われた。

だが、本人の胸中は違った。

「何とか流れを変えたくて。会場が暑くてすごい汗をかいていたので、5ゲーム目に入る前にユニフォームを着替えることにしたんです。以前の自分なら『このまま終わってしまうかもしれない』とネガティブな気持ちになっていたかもしれません。でも、昨年までブンデスリーガでチームメートだったウーゴ(カルデラノ)やシモン(ゴジ)が試合中によく着替えていたので、『自分もやってみよう』と思いました」

ゲーム間の着替えはルールで認められている。汗がボールやラバーに付着してプレーに影響を及ぼすのを防ぐためだ。

同時に、着替えることで選手が気持ちを切り替え、悪い流れを断ち切る戦略的な意味も持つ。

戸上は専任コーチの上田仁と会場を出て、1分30秒程でコートへ戻った。

そうして迎えた第5ゲーム。それまでの劣勢が嘘のように戸上が得点を重ねていく。

中でもサーブ・レシーブからの5連続得点は圧巻で、ロングサーブからの3球目を回り込みフォアドライブで仕留める攻撃が炸裂。

"カミソリドライブ"の異名を取る戸上らしいプレーが光った。

このゲームを11-7で取り反撃の狼煙をあげた第6ゲーム。そこまで林の得点源になっていた、戸上のバックへ長く攻めるボールに戸上が対応。

このゲームを11-9で奪いゲームカウント3オールのイーブンに戻すと、最終の第7ゲームも両ハンドで攻め続け10-7でマッチポイントを握った。

最後は林の渾身のチキータレシーブを鮮やかなカウンター。劇的な逆転勝利を飾った。

「今大会はメダル以前に中国のトップ選手に勝つことが最低限の目標だったので、そこをクリアできて良かったです」と戸上。

勝因については「5ゲーム目が全てだった」と振り返る。

「着替えの間に、4ゲーム目まで効いていた戦術や得点パターンを上田コーチと整理して、ゲームカウント1-3で負けているというネガティブ要素をゼロベースにできました。まだ0-0という気持ちでゲームに戻れたんです」

1分30秒という短い時間で2人は何を確認したのか?

「1ゲーム目は出足が悪くて1-6まで行ってしまったけど、9-11まで粘ることができた。2ゲーム目は自然と足が動いて相手のボールを狙い打ちできる場面が増えた。でも、3ゲーム目と4ゲーム目は戦術がまとまらない中で、強引に自分のボールにしたいと焦ってミスを連発してしまった。ただラリーの内容は悪くない。ならばラリーに持っていくまでが勝負だと話し、そこまではミスをしないと決めて、サーブの配球などを確認しました」

やるべきことを明確にして臨んだ第5ゲームは序盤から狙い通りの展開を作れたという。

「これまでで一番、明確な話し合いができました」と話す戸上。

その背景には2人が試合後に必ず行う「反省会」の積み重ねがある。

試合中の技術・戦術・メンタルの状態を、まずは戸上が上田コーチに伝え、良い時と悪い時の違いを共有する。

どんな思考で試合を組み立て、どの場面でどんな気持ちになったかまで事細かに言語化し、上田コーチと議論を重ねてきた。

昨春、選手引退と同時に上田が専任コーチに就くまで、ドイツを拠点に競技活動をする戸上には得られなかった時間である。

もちろん、全てが結果に結びつくわけではない。

昨年に続きベスト16に終わった今年の全日本選手権では、谷垣佑真(愛知工業大学)に2年連続で敗れ、防戦一方の展開で苦杯をなめた。

「全日本選手権の時は、僕の良さである思い切りのいいプレー、上から狙って畳み掛ける攻撃的なプレースタイルが失われていました。逆に谷垣選手は思い切り向かってきた。本来は彼のようなプレーを僕がしないきゃいけないのに、上田コーチから学んだコース取りや相手の戦術を読むことに意識が偏りすぎました」

率直な感想を戸上は上田コーチに伝えた。この敗戦を受けて2人はよく話し合い、上田コーチが戸上に授けた戦術と戸上本来の攻撃力を融合させる練習を一から再構築。アジアカップに向けて準備をした。

「今大会、すごくいい感触を得ました。全日本選手権の負けは本当に悔しかったけど、何が自分に足りないのか、どこを修正しなければいけないのかを、より深く上田さんと話すきっかけになった良い大会だったと思っています」

一方、日本人同士の対戦のため、互いにベンチコーチ無しで戦った張本智和(トヨタ自動車)とのアジアカップ準決勝に関しては、張本の戦術と技術の進化に飲まれゲームカウント1-4で敗退。実力差を感じた。

「お手上げ状態でした。自分で考える力がまだまだトップクラスの選手に及ばず、一人で勝ち切れないと痛感しました。また、いつもだったらブロックになる張本選手のフォアハンドも、しっかり回転をかけてカウンターされノータッチで抜かれてしまった。完敗です」

アジアカップで得た成果と課題。それらを生かす舞台は2月19日開幕のWTTシンガポールスマッシュだ。

WTTシリーズ最上位カテゴリーの大会で、スマッシュでの戸上の最高成績は2023年シンガポールと2025年スウェーデンのベスト16。

自身が掲げる世界ランクトップ10入りを果たすためにも今年は上位進出が必須だ。


(文=高樹ミナ)

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