梅屋庄吉(柳葉敏郎)
梅屋庄吉
1869(明治元年)-1934(昭和9年)。長崎県生まれ。映画興行で成功をおさめ、日本初の大手映画会社・日活を創設。一方で、中国の革命家・孫文に多額の資金援助を行っていた。しかし遺言に“一切口外シテハナラズ”と記し、孫文との友情は歴史の闇の中に自ら封印してしまう。
1869(明治元年)-1934(昭和9年)。長崎県生まれ。映画興行で成功をおさめ、日本初の大手映画会社・日活を創設。一方で、中国の革命家・孫文に多額の資金援助を行っていた。しかし遺言に“一切口外シテハナラズ”と記し、孫文との友情は歴史の闇の中に自ら封印してしまう。
梅屋トク(夏川結衣)
梅屋トク
1875(明治8年)-1947(昭和22年)。壱岐島の士族・香椎家の次女として生まれる。明治25年に梅屋家に養子入り。明治27年、2年ぶりに長崎に立ち寄った庄吉と結婚する。
1875(明治8年)-1947(昭和22年)。壱岐島の士族・香椎家の次女として生まれる。明治25年に梅屋家に養子入り。明治27年、2年ぶりに長崎に立ち寄った庄吉と結婚する。
佐々木(篠井英介)
佐々木
出自・生年・没年はおろか名前すらも不明だが、佐々木という姓だけが分かっている実在した秘書。梅屋と孫文にまつわる資料を隠し持ち、「決して口外してはならず」の封印を解いて世に伝えるべきと、梅屋の娘・千世子に言い残す。
出自・生年・没年はおろか名前すらも不明だが、佐々木という姓だけが分かっている実在した秘書。梅屋と孫文にまつわる資料を隠し持ち、「決して口外してはならず」の封印を解いて世に伝えるべきと、梅屋の娘・千世子に言い残す。
国方 千世子(くにかた ちせこ)
国方千世子(くにかた ちせこ)
1915(大正4年)-1983(昭和58年)。梅屋庄吉とトクの娘。戦中は夫と共に上海に居住し、終戦後、日本に帰国。父・庄吉と母・トクについて記した「梅屋庄吉の娘・千勢回想文」が現在も残る。
1915(大正4年)-1983(昭和58年)。梅屋庄吉とトクの娘。戦中は夫と共に上海に居住し、終戦後、日本に帰国。父・庄吉と母・トクについて記した「梅屋庄吉の娘・千勢回想文」が現在も残る。
孫文
孫文
1866(慶応2年)-1925(大正14年)。中国の政治家・革命家。初代中華民国臨時大総統。中国国民党総理。辛亥革命を起こした中国の国父。
1866(慶応2年)-1925(大正14年)。中国の政治家・革命家。初代中華民国臨時大総統。中国国民党総理。辛亥革命を起こした中国の国父。
宋 慶齢
宋 慶齢
1893(明治26年)-1981(昭和56年)。孫文の妻。中華人民共和国副主席を務め、死の直前に「中華人民共和国名誉主席」の称号を授けられる。「宋家の三姉妹」の一人。
1893(明治26年)-1981(昭和56年)。孫文の妻。中華人民共和国副主席を務め、死の直前に「中華人民共和国名誉主席」の称号を授けられる。「宋家の三姉妹」の一人。
- 柳葉敏郎コメント
- この作品に携わるまで、梅屋庄吉という方の存在は知りませんでした。台本を見させていただいて、「すごい人だな」というのが最初の感想です。昨今、複雑な話ほど面白がられたり望まれていますが、この作品は、当たり前の愛であったり、当たり前の挑戦であったり、当たり前の夢であったり…というものが、とてもシンプルに純粋に描かれている作品です。だからこそ、これはやらないといけないなと思いました。庄吉さんからは、人が生きていくうえで持っていなければいけないのではないか、と思う人間像を感じます。
- 夏川結衣コメント
- 庄吉さんと夫婦になったトクさんは、その時代の女性の中でも、破天荒だけどとても充実した人生だったのではなかったかと思います。志を持った人と一緒に暮らすこと、支えること。それだけで、とても幸せだったのではないかと思うし、この夫婦はとても愛し合っていたのかな、と。
- 梅屋庄吉
- 柳葉敏郎
- 梅屋トク
- 夏川結衣
- 孫文
- 奥田達士
- 宋 慶齢
- 清水ゆみ
- 播磨勝太郎
- 平賀雅臣
- 萱野長知
- 増本庄一郎
- 写真師
- 芹沢礼多
- 映写技師
- 平尾 仁
- 電報配達夫
- 山田百次
- 幼い千世子
- 篠川桃音
- 梅屋商店の若い衆
- 豊田 茂
- 梅屋商店の番頭
- 掛田 誠
- 憲兵
- 串間 保
- 書生
- 飯田 芳
- 長崎の女
- 浜崎 茜
- 赤ん坊の千世子
- 山口結楓
- 荻屋堅蔵
- 田嶋俊弥
- 播磨勝太郎の子分
- 桜木信介 石井 淳
- Mパテー商会社員
- 山﨑秀樹 嶋田翔平 吉澤慎吾
- 梅屋庄吉の養女
- 太田しずく 玉野るな 高田汐寧 堀尾来夢 青柳伽奈 鬼澤夢弥
- 梅屋吉五郎
- 吉澤 健
- 梅屋ノブ
- 吉村実子
- 秘書佐々木
- 篠井英介
- 国方千世子
- 原田美枝子

