今回これが初の長編監督作品となるマヌエル・パラシオスは5年前に(1995年)にはじめて原作者で共同脚本家としてもクレジットされているアルトゥーロ・ペレス=レベルテに出会った。スペインでも推理小説といえばアメリカ文化の影響が色濃くでているが、彼の作品のもつ独特の雰囲気がパラシオスは以前から好きだった。ちょうどその頃、レベルテはジプシーについての物語を準備中で、それはスペインの伝統的な文化と現代性をあわせもち、しかもミュージカル仕立てで長編映画の題材としてはぴったりだった。自身も熱狂的なフラメンコファンであるパラシオスはそのルーツでもあるジプシーの物語に強い関心を抱き、映画化の話がまとまった。

  彼らふたりはグラナダに赴き、街角やバーあるいは民家といった町のいたるところを歩きながら作品のイメージをふくらませていった。とくに、アルハンブラ宮殿の夕暮れ時に見せる陽の作る陰の美しさや、アルバイシンやサクラモンテの通りからきこえもれてくる音楽などは多くのシーンをつくりだすインスピレーションを与えてくれた。

  脚本を練り上げ、納得のいくものが出来上がった頃、パラシオス監督にテレビの仕事が入り、この企画は頓挫してしまった。マルタ・ブラウステギと組んだ「La rosa de piedora」の撮影が終わった頃に、強力な助っ人があらわれた。今回エグゼブティブ・プロデューサーを努め、またチノ役でコルテス演じるアンドレを追い詰める刑事役を熱演した、ホセ・マヌエル・ロレンソである。彼はまず、ジプシーの血をひく世界的なフラメンコダンサーのホアキン・コルテスという主役にもっともふさわしい人物をみつけてきた。コルテスの推薦もあり世界で最も美しい女性、バルドー以来のフランスの輸出品ともいわれるレティシア・カスタの出演が決まった。また、ポランスキー監督で同じくレベルテの小説の映画化した『ナインスゲート』のプロデューサー、アントニオ・カルデナルが初期の段階からこの作品の制作を助けた。

 撮影期間はほぼ2ヶ月で、その間、コルテスと一緒に仕事をすることはとても刺激的で密度の濃い時間だったとパラシオス監督は回想する。コルテスは現場のムードメーカーでもあった。全編を通して苦悩の表情をみせていたコルテスが演じるフラメンコミュージシャン、アンドレの細部にいたるまでの役作りは強いプロ意識と忍耐強さに支えられた。彼の背景でもあるジプシーの文化についてコルテスは“レベルテもパラシオスもタンバリンをたたくとか、きまりきったステレオタイプなジプシーのイメージをおしつけることなく、もっと深い理解を示してくれた”と述べ、“どんな文化にも一定のコードは存在するだろうし、この映画はよくも悪くも変容するジプシーの文化が描かれている”と語っている。20年もの間踊ることだけに精力を注いできた彼はこの作品に主演することで、カルロス・サウラやアルモドヴァルの作品で感じていたものとは全く異なる感想を抱いた。“いままでふみいれてなかった映画という新しい分野に可能性を見出した。そして僕達が語りたいと思っていた物語の映画になったと思う”と満足そうに語っている。この作品のもう一人の主役レティシア・カスタはラルフローレンの広告や数々の雑誌のカバーでひろく知られ、トップの地位をゆるぎないものとしているスーパーモデルである。フランス人の彼女がジプシーの女性を演じることはとても大変であっただろうことは容易に想像できるが、見事に自由に欲望のおもむくままに人生を楽しむ現代的な女性を演じきった。彼女についてコルテスも“撮影中は良好な関係が築かれたし、その相乗効果は作品にも反映されていると思う”と語っている。また彼女が演じたルシアという女性は現代のジプシーの若者像をよく表現しているともコメントしている。長編映画としては今回が2作目の出演となる彼女は、前作「Asterix et Obelix contre Ceasar」で楽しむために映画に出演したと語っていたが、今回の出演に関しては、“映画からは何かを学ぶことを望んでいて、経済的な成功を望んでいるわけでない”といいきった。
撮影中、いつも音楽が流れていた。この映画のためにいくつかの楽曲が作曲され、とくにロラが冒頭とエンディングにアンドレに対する切なる思いを歌い上げる『GITANO』はこの映画に深みを与えている。
 
 

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