
われらの時代
以前に東大の学園祭に足を運んだ時のことをこの日記に
記したが、覚えていますか・・・
安田講堂前で「東大にいくぞ」と誓ってからあのキラキラした
希望も薄れてきて、コドクで辛い勉強生活を過ごしていた
枇杷田沙織です。
暗い勉強中でも八ッとさせられることがありました!
日経の夕刊の文化面でまさに私たちが行った
あの雨の東大五月祭、安田講堂前に若者が集う写真が
大きく掲載されていたんです。
「さおりもこのときココ居たんだ〜!!!」と
あの不思議な気持ちでいた日のことを
思い出したりしながら東大関連の記事ならば!と
読んでみました。
内容はすごく重くたて勉強不足だなと
つくづくおもったのですが・・・
記事は「東大生」の青春を描く
「されど われらが日々」(柴田 翔)について。
記者の牧内岩夫は、この「されど われらが日々」が
まさに青春だったと記し、今年の五月祭にきて、
「われら」の時代から学生が変わってしまった
今の時代に「どこか割り切れない」気持ちでいたとあった。
今東大を目指す「私」の時代は、
60年代を生きた人からみたらどんなものなんだろう。
と考えてしまった。
「甘い」と思われているだろう。
たしかに自分で何も決められない。何も勉強しない。
ワガママなまま25歳になってる私は確かに存在する。
今の私の世代のコには多いハズ・・・
この記事を読んで、屈託なく自由だからこそ辛いことから
逃げる自分に気づいた。
こういった懸命に生きた文学者たちのあとを追いたい。
柴田翔は東京大学工学部から文学部に転じたひと。
自分が理系だと信じて疑わなかった
高校3年生の「時代」を経て私も「今」文学を
東大で学びたいと決意した。
こういった文学の世界でもやっぱり「特別」な東大。
コーチの美紀ちゃんから
東大の図書館の美しくてそのアカデミックさにイカに
惚れ惚れするかをご飯にいったときに聞いた。
そんな東大の図書館でまだ読んでないこの小説を読もう。
69年の安田講堂事件のような紛争で
「受験出来ない」ことさえなければ私は東大にいく。
投稿者 枇杷田沙織 : 2006年06月09日 02:28
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