2007年7月27日
『被災した新潟』
『被災した新潟』
7月23日。新潟県中越沖地震から1週間のこの日に
僕は現地のある中学校を取材しました。
この日は終業式。
生徒が登校する前の学校では、先生や自衛隊が忙しそうに
動き回っています。
『うちの体育館も避難所なんで、終業式は校庭でやるんですよ』
そう話す校長。
その校庭のはるか向こう、田んぼの畦道を、一人の男子生徒が歩いていました。
登校予定時間の1時間前。
話しかけようと、僕もひび割れた畦道へ。
一番乗り、1年生の男子生徒
『先生が、自転車は危ないから歩いて登校しなさいって言ったので、
早く来たんです』
小雨が降り蒸し暑い中を1時間歩いているそうで、ワイシャツは汗だく。
小声ながら礼儀正しく誠実に話してくれました。
『学校に来るのは、地震以来はじめてです。
両親は家の片づけで大変そう。
家は、たぶん調査が入ったら赤の紙を張られるでしょうね。
2004年のときのダメージもあったから、今回は…。
学校のみんな、無事だと良いけど』
そう話しながら校門を過ぎると、彼は突然
『うわぁ…』
と声を漏らして立ち止まり、絶句。
高さ20mくらいのグラウンド照明が、真ん中で折れて
地面に叩きつけられていたのです。
校庭には長さ50mの地割れ。
変わり果てた学校の姿を見た彼は、不安げな表情で
自衛隊の間をすり抜けグラウンドへと入っていきました。
卓球部の顧問の先生
『地震のあったときは、部活中だったんです。
僕も部員たちと体育館にいて、グラッと来たと思ったらもう…
卓球台の下に入れ!って言うことしかできませんでしたよ。
この時期に部活をしている部は、県大会に出場できる部なんです。
野球部は予選で負けちゃったんだけど、もし勝ち残ってたら、
あのグラウンドの照明の下敷きになってたかもしれない…
これだけは、負けてよかったと思えますね』
照明が叩きつけられた場所には、セカンドベースがありました。
地割れのある校庭での終業式が終了。
明日から夏休み、そして久しぶりにクラスメイトと会えた喜びが、
生徒たちの笑い声となって響いています。
学校に一番乗りでやってきた、あの1年生の生徒。
『夏休み?何も考えてないです。
とりあえず家は危ないから、東京の親戚の家に行くと思います』
と話すと、傘をステッキのように回しながら
雨上がりの畦道を遠ざかっていきました。
グラウンドにほとんど生徒がいなくなった頃、おもむろに体操を始めた生徒たち。
『陸上部です!
3日後に県大会があるから、リレーの練習しないとと思って。
コース、割れちゃってますけどね(笑)』
前向きな笑顔。
声を出しながらバトンパスを続ける彼ら。
県会で必死に走る姿を想像していたら、
チリチリと痛んでいた自分の心が、少し救われました。

