日経スペシャル ガイアの夜明け・毎週火曜夜10時放送・闘い続ける人たちの物語
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あれから10年 ~山一・拓銀の社員たちは今~




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日経スペシャル「ガイアの夜明け」 12月18日放送 第294回

あれから10年 ~山一・拓銀の社員たちは今~

1997年、日本の金融史上、大きな事件が相次いで2つも起きた。一つは日本を代表する証券会社、山一証券の破たん。そしてもう一つは全国初の都市銀行の破たんである(北海道拓殖銀行)。金融機関は、それまで「護送船団方式」と呼ばれた大蔵省の保護行政のもと、決してつぶれるはずが無いと思われていた大企業だった。それなのに、突然路頭に迷うことになった社員たち。その数、山一1万人、拓銀5200人。
あれから10年、元山一の社員、そして元拓銀の社員たちはどうしているのか?山一・拓銀の破たんから端を発した金融破たん劇、そして金融再編、再生へと歩んできた日本の金融業界の激動の10年を振り返るともに、元同僚たちを再結集して金融人材派遣会社を立ち上げた元社員などを追い、不屈の心で歩んできたこの10年を見つめていく。


【年収が4分の1以下に・・・苦難の10年】

山一証券は、一部の幹部による不正、いわゆる「飛ばし」で2600億円以上もの簿外債務が発覚し、皮肉にも会社創立100年目に廃業となった。負債総額は当時戦後最大となる3兆円。日本の4四大証券の中で最も歴史ある証券会社のあっけない幕切れだった。
あれから10年後の今年11月。廃業10年の節目に「山一同窓会」が全国各地で開催された。10年前、自らの会社の破たんを新聞やテレビなどのニュースで知った社員たち。彼らはその衝撃の事実をどんな思いで受け止めたのか?10年の時が彼らの重い口を開かせ、次々に証言し始めた…。
 かつてエリートと呼ばれた元山一社員たち。しかしその後は、想像する以上に苦難の道を歩んでいた。1997年の金融危機で失業率は急激に上がり、企業は採用を控えていく中、特に中高年世代の元山一マンはさらなる時代の波に翻弄されてゆくことになった。元山一証券シンジケート部の52歳の男性は、山一破たん後、清掃関係の会社を立ち上げるも失敗。その後いくつかの会社設立に参加したが、経営トップと意見が合わず、ついには会社生活に見切りをつけ、現在はフリーター。1000万円近くあった年収は、4分の1以下になったという。それでも「もうサラリーマンはたくさんです」と語り、きょうも深夜のアルバイトへと向かう。


【元山一社員を再結集 ~不屈の山一マン】

「山一社員は本当に優秀だった。幹部たちは、潰れる前になぜ現場に相談しなかったのか」と当時の思いを語る元山一証券の社員、永野修身さん(49歳)。永野さんは、山一でトップセールスマンだったが、破たん後はメリルリンチ証券に転職。しかし、再就職に苦労する元山一の仲間たちを見て、人材業界への転進を決意した。そして立ち上げたのが金融業界に特化した人材紹介・派遣会社、マーキュリースタッフィング。人手不足に悩む金融企業と転職に悩む金融マンをうまくマッチングし、金融業界で評判となっている。そしてマーキュリー本社は、「まるで山一証券赤坂支店」との異名をとっている。なぜなら、社員の3分の1以上が元山一社員で、派遣スタッフも100人以上が元山一、相談に来るのも元山一というわけだ。山一マンの力を集め、3年後には上場、6年後には年商300億を目指すというマーキュリー。一部の幹部による不正隠しで、現場には何の説明も無くつぶれた山一証券を「反面教師」にして、理想の会社をめざす永野修身社長に密着取材する。


【“白い恋人”を再生する元拓銀マン】

山一証券が自主廃業を決める7日前、1997年11月17日、およそ100年に渡り北海道経済を支えてきた大手都市銀行、北海道拓殖銀行がその歴史にピリオドを打った。バブル時代のリゾート融資などの失敗で経営が破たんしたのだった。5200人いた当時の行員は、1900人が営業譲渡を受けた北洋銀行へ、1200人が中央信託銀行へ、350人が整理回収機構へ、480人が日本IBMの小会社へ再就職を決め、およそ1200人は、自分たちの力で再就職する道を求めた。元拓銀マンたちは今、どうしているのか。
ほぼ10年後の今年11月22日、ニュースカメラのフラッシュを浴びる元拓銀マンがいた。あの「白い恋人」を製造販売する石屋製菓の島田俊平社長。北海道を代表する土産菓子「白い恋人」が、賞味期限改ざん問題で製造を停止してから約3カ月ぶりに売り場に並んだのだった。取引先の店舗を回って一連の不祥事を陳謝する島田社長。「信頼回復に向け精いっぱい努力していきたい」と再発防止を誓った。島田社長は拓銀破たん当時、本店に次ぐ大型店舗である帯広支店の支店長を40代で経験する敏腕だった。破たん後は、北洋銀行に転職し、常務取締役を経て現職に就いた。拓殖銀行の破たんから何を学び、石屋製菓再建に活かすのか。


     
 




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