日経スペシャル「ガイアの夜明け」 5月19日放送 第366回 日はまた昇る ~逆境に挑む不屈の技術魂~
世界中が深刻な景気後退の波にさらされ、日本企業は、軒並み業績不振に陥った。多くの企業で人員整理が始まり、消費も落ち込んでいる。しかしそんな状況を悲観せず、日本の「強み」をしっかりと見据えて動く人たちがいる。それは、日本が誇ってきたモノ作りの担い手たちだ。合言葉は、「ニッポンの生産現場で、新しい技術で、斬新なモノを作り、売ろう」だ。 世界で初めてとなるフルカラーのプラズマテレビを開発した、世界が認める日本人技術者、篠田傳さん(60歳)。今また、これまでにない超大型・極薄ディスプレーを開発中だ。それは、「見る人をすっぽり包みこむような」超大画面だという。日本独自の技術にこだわる篠田さんの執念の技術開発、そして売るための努力…。ガイアのカメラが2年半の長きに渡って現場を見つめた。一方、2003年に大手家電メーカーから独立した熊本社長(33歳)が手がけてきた新しい家電ブランドの「アマダナ」。これまでデザイン性の高い家電製品で感度の高い人たちから支持を得てきたが、初めての大量生産に乗り出すという。 彼らが作り出す製品の共通項は、これまでの発想とは、まったく違う「モノ作り」の仕組みで産まれてくる点にある。いずれも日本発(初)の技術「メイドインジャパン」にこだわり、開発されてきた製品だ。果たして、彼らは新たな市場を作り出せるのか?100年に1度の危機を突き抜け「メイドインジャパン」復活の狼煙が、今あがる。
「私は10年先の市場を見ています。モノ作りの発想がメーカーとは違うから」と語る篠田傳さん(60歳)。「篠田/shinoda」の名を知らぬ家電メーカーのディスプレー関係はいない。世界で初めてフルカラーのプラズマを開発し、“プラズマの父”と称される。しかし、そんな篠田さんは富士通時代、自ら開発したプラズマ・ディスプレイの撤退という苦渋を味わった。病魔にも冒され、技術者として再起不能になるまで追い詰められた経験もした。しかし何度苦難を味わっても新しいディスプレー開発だけを夢見て、開発を続けた。そして2006年.神戸の埋立地に、かつての仲間(部下)たちと、ベンチャー企業を起こし工場を建てた。その名も、「篠田プラズマ」。篠田が持てる技術と知識と知恵のすべてを注ぎ込んだ、超大型・極薄ディスプレイを開発するための会社だった。篠田さんの新たなディスプレーは、超大画面にも関わらず、「超軽量、省電力」。重さは、150インチで60キロ。仮に同じサイズのプラズマテレビと比べると、その重さは実に10分の1しかない。消費電力も3分の1。「軽く、薄く、曲がる」画面なのだ。今までの常識を覆す篠田ディスプレー。2009年春には、生産体制が本格化し、超薄型大画面の製品化が始まった。
自らを21世紀型家電メーカーと標榜し、デザイン性の高い家電製品で知られる、「アマダナ」。2003年に、大手家電メーカーから独立した、熊本浩志社長(33)らが起こしたベンチャー企業・リアル・フリート社が展開する家電ブランドだ。アマダナの最大の特徴は、自分たちの工場はもたない、いわゆる「ファブレスメーカー」であること。生産は国内の家電メーカーに委託、製品の企画・デザインに徹することで少量生産・高品質の独創的な家電製品を作ってきた。このアマダナが新商品の大量生産に初めて乗り出す。販売目標台数、100万台。その商品とは、老若男女でも、簡単に操作できる「コミュニケーションツール」で「動画の交換機能」が特徴だという。 今回のプロジェクトで熊本社長が、頼りにした人物がいた。製造請負会社・日本マニュファクチャリングサービスの小野社長。小野社長の強みは、メーカーの生産現場を熟知していること。早速、小野社長は日本有数のメーカーと、金型メーカーに生産の協力を取り付けてきた。減産でラインを止めていたり、稼働が落ちているメーカーや下請け業者にとっては、いまのご時世、受注が入るのは有難い。仕事がなくなった人々も、現場に復帰して仕事が入る。不況を救う新発想のものづくり、果たしてその行方は…。