カンブリア宮殿

村上龍 × 経済人

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テレビ東京系にて放送中

テレ東BIZで配信中

200939日放送

「絆スペシャル
社長を救った名参謀 ~アイツがいたからオレがいる~」

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関西国際空港 社長
村山 敦(むらやま・あつし)

天才エンジニアの本田宗一郎を経営面から支えた藤沢武夫、松下幸之助の教えを社員に伝え、松下イズムを浸透させた高橋荒太郎・・・日本の高度成長の中核を担ったビッグ企業には、カリスマ経営者を陰で支えた名参謀たちの姿があった。
そして、それは現在も同じ。「アイツがいたから、今のオレがいる・・・」カリスマ経営者の陰には、必ずそれを支える名参謀たちがいる。社長のアイデアを具現化させる技術者、経営判断に迷った時の相談相手、財務を支えるスペシャリストなど様々な場面で、「片腕」と呼ばれる人たちがいなければ、ヒット商品やサービスは生まれなかった。
未曾有の不況の中、経営者と社員の「絆」が改めて問われる時代。企業を成功に導いたカリスマ経営者と名参謀の「絆」から、今の難局を乗り切る知恵を探る。

スタジオゲストの村山敦氏は元松下電器(現パナソニック)の副社長。2000年に社長に就任した中村邦夫氏(現会長)の下、「破壊と創造」を掲げた松下電器の構造改革を支えた。中村氏が「僕は決断するだけ。形にするのは村山さん」と言ったという名参謀。当時の松下電器は4000億円を超える赤字に転落し(2002年3月期)、構造改革が急務だったが、村山氏は1万3000人に及んだ早期希望退職を実行。さらに重複・競合が多く無駄が生じていた事業部制の廃止や関連会社の子会社化などグループ再編に取り組み、Ⅴ字回復に貢献した。2003年からは松下での実績を買われ、初の民間企業出身社長として、関西国際空港株式会社の陣頭指揮に立っている。

この他、ローソン、日本電産、中村ブレイスの「社長と社員の絆」もVTRで紹介。

「ローソン社長 新浪剛史」と「ローソンストア100の仕掛け人 河原成昭」

100円均一の生鮮品がずらりと並んだ店内・・・安さと新鮮さを売りに勢力を伸ばすコンビニがある。「ローソンストア100」、飽和状態のコンビニ業界にあって、新たな成長の軸としてローソンが打ち出す新業態だ。1店舗当たりの1日の売上げで、本家ローソンを凌駕し、業界トップのセブンイレブンに迫る勢いを見せている。この新業態を成功させたのが、ローソン上席執行役員、河原成昭だ。イトーヨーカ堂出身の河原、三菱商事からローソン社長に就任した新浪を、"小売のプロ"として常に支え続けた。そして「ローソンストア100」の新規プロジェクトを立ち上げる際、新浪が白羽の矢を立てたのは河原だった。

新規プロジェクトを成功に導いた名参謀に迫る。

「日本電産社長 永守重信」と「副社長 小部博志」

パソコンのハードディスク専用のモーターなどの精密モーターで世界トップを誇る日本電産。売上高7000億円の大企業を一代で築いた永守社長を創業時から支えているのが副社長の小部博志だ。小部と永守の出会いは、40年前。同じ下宿に住んでいた4つ年上の学校の先輩が永守だった。引越しの挨拶の際、「子分にしたる」と言われたという。その後、永守が起業すると小部は勤めていた会社を辞めて、永守の会社に入社した。今はM&Aなどで海外を飛び回る永守に代わり、日本で本社を仕切るのが小部の役目だ。永守が会長に就任したら、社長でなく副会長になる見込み・・・常にトップを支える小部の「ナンバー2」の美学に迫る。

「中村ブレイス社長 中村俊郎」と「義肢装具士 大森浩巳」

小さい頃のやけどがもとで両足を失い、中村に義足を作ってもらった大森少年が、大人になり中村ブレイスに入社。義肢装具士となり、今は他の人たちのために義足を作っている。社長が社員につなげ、さらにたくさんの顧客へとつながった幸せの「絆」の連鎖・・・



社長の金言

参謀はトップと現場の通訳

権限はトップ 参謀はわきまえよ

しんどい仕事を共にして“絆”ができる

RYU'S EYE

RYU’S EYE

座右の銘

座右の銘

放送内容詳細

ゲストプロフィール

村山 敦

  • 1938年京都出身
  • 1961年京都大学法学部卒業後、松下電器産業入社
  • 1994年人事部長
  • 1995年取締役
  • 2000年副社長
  • 2003年関西国際空港株式会社社長

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