セブン&アイ・ホールディングス 会長兼CEO
鈴木 敏文(すずき・としふみ)
100年に一度と言われる、世界同時不況。
「今回の危機は、戦後最大」と、総理は依然厳しい認識を示す。
そして日本経済はついに、未踏のフェーズに突入した。
「超・消費不況」
小売りの王者と言われた百貨店、そしてスーパーも売り上げが大幅減。
他方ユニクロ、任天堂など時代のニーズをつかんだものだけが勝ち残る。
この時代を、かつて「流通の神様」と言われたあの男はどう見ているのか?
鈴木敏文 76歳
1973年に「セブンイレブン・ジャパン」を設立。売上高、利益ともに日本一の小売業を育て上げた。いまやスーパーや銀行、そして百貨店などを傘下に、総売り上げ5兆6500億円の巨大流通グループを率いている。
ダイエー、ヤオハン、そごうなど、栄枯盛衰の激しい業界にあって、常にトップを走り続けてきた男だ。
この5月でセブンイレブン・ジャパン一号店オープンから35年。
この間の歴史は、ニッポンの流通業界の"イノベーション"の歴史でもある。
いまや業界の常識となっている事象の多くは、鈴木が日本で初めて編み出してきた。そのセブンイレブンは、今も進化を続ける。
一方で、鈴木が傘下に収めるスーパー「イトーヨーカ堂」は減収減益。
08年2月期に110億円あった純利益は、ついに赤字に転落した。
この逆風下で鈴木は一部業態を転換、新たな挑戦と実験を開始した。
長きにわたり挑戦を続け、勝ち続けてきた、鈴木。
ここにきて、そんな鈴木をも飲み込む、世界経済の大波。
鈴木は、なぜ勝ち続けてこれたのか?
この大不況下、未来への展望をどう描いているのか?
混迷の時代を生き抜く、次の一手は何か?
カンブリア宮殿「第150回」記念特別企画!2週にわたり、大特集!村上龍が鈴木を直撃する。
RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
【第二回放送内容】大不況時代…進化して生き抜け!~客のニーズをつかむ極意~
傘下に収めるスーパー「イトーヨーカ堂」。09年2月期決算は減収減益。
前の期に110億円あった純利益は、9億円の赤字へと転落した。
この逆風下で鈴木は一部業態を転換、新たな挑戦と実験を開始した。
①「ザ・プライス」
イトーヨーカ堂の業績が不振な中、鈴木は「激安」路線にも食指を延ばした。生鮮食料品を中心に、価格はこれまでより約3割ほど安い。売り上げは順調で、今年中に20店舗を構える予定だと言う。「いまや価値のないものは値下げしても売れない」が持論の鈴木にとって、激安路線の勝算はいかほどか。「激安」時代を鈴木はどんな想いで見ているのか?
②「ホームセンター」
「購買意欲を刺激しなければ売れない時代だ」。こう語る鈴木が新たな実験をはじめた。舞台は、東京の葛飾・金町だ。典型的な下町。年齢層も高めで、倹約指向が高い。ここで鈴木が仕掛けたのが、ホームセンターだ。ここ金町には周辺にホームセンターが少ない。またホームセンターと言えば、郊外型で、クルマで訪問するイメージだが、中高年が多い金町で郊外に店を構えても、集客は期待できない。そこで、駅にほど近いイトーヨーカ堂の2階部分をホームセンターに変えた。さらに、客のニーズに応えるべく、さまざまな仕掛けをした。果たして、鈴木の実験は成功するのか?
さらに、萎縮した日本経済にいま、何が必要か、今後の消費指向はどうなるのか、小売りの未来はどこへ行くのか、など“流通の神様”鈴木に、直撃する!
ゲストプロフィール
鈴木 敏文
- 1932年長野県生まれ
- 1963年イトーヨーカ堂入社
- 1973年セブンイレブン・ジャパン創設
- 1974年セブンイレブン一号店が東京・豊洲にオープン
- 1978年セブンイレブン・ジャパン社長に就任、業界初の“手巻き”おにぎりを発売、大ヒット
- 1980年流通史上で初めて牛乳の共同配送を開始
- 1983年日本初の本格的POSシステムを全店舗で導入
- 1992年イトーヨーカ堂社長兼グループ代表に就任
- 2001年アイワイバンク銀行(のちのセブン銀行)設立
- 2003年イトーヨーカ堂会長兼CEO、セブンイレブン・ジャパン会長兼CEOに就任
- 2005年セブン&アイ・ホールディングスを設立、会長兼CEOに就任
企業プロフィール
- 本社所在地:東京都千代田区
- 連結売上高:5兆6500億円(09年2月期)
- セブンイレブン店舗数:37都道府県で12298店舗(09年2月末)
- イトーヨーカ堂店舗数:175店舗(09年2月末)















