新光時計店
松浦 敬一(まつうら・けいいち)
モノが売れない今、「修理サービス」が活況を呈している。靴やバッグの修理やクリーニングをするチェーン店「靴専科」の売り上げは、今年に入り前年比105%以上と好調だ。
何故いま、「修理」なのか? 不況で節約意識が高まったから、というだけでもなさそうだ。「修理」は新品を買うよりも、お金がかかることも多い。
工業技術の進歩のおかげで、あらゆる物の大量生産が可能になり、日本には物が豊かに溢れた。新しい物を買い、古い物を「捨てる」ことに対する罪悪感も徐々に薄れてしまった。そんなモノ余りの時代が長らく続き、100年に1度の不況と言われる今、消費者意識の変化が生まれてきたのだろうか。愛着のある物は大切に使い続けたい・・・ 「修理」は愛着のある物、かけがえのない物をよみがえらせるサービスだ。
スタジオゲストには、瀬戸内海の大崎下島にある「新光時計店」の松浦敬一さんを迎える。日本全国から修理の依頼が殺到する "伝説の時計屋さん" だ。熟練した技術を要する時計の修理。しかし、昭和40年代半ばに電池で動くクオーツ時計が発売されると、それまでは高級品だった腕時計も大量生産できるようになった。時計も大量生産・大量消費が始まり、修理の需要は減少。修理職人も姿を消しつつある。大切な時計をどうしても直したい人にとって、新光時計店が最後の駆け込み寺だ。
松浦の元に送られてくる時計には、ひとつひとつ物語がある。「震災の記憶」、「闘病」・・・松浦は修理を始める前に、必ず時計に添えられた手紙に読む。「時計にまつわる思い」を知って、松浦は初めて、ピンセットを手に取る。大切な人の存在を強く意識する時、人は、大切な "物" の存在に気づくのかもしれない。松浦は、その技術と心で、人と "物" の間を繋ぎ続ける。
商品を作るのではなく、修理してきたからこそ見える、日本の消費者、日本経済の今の姿とは?
社長の金言
客の気持ちに値打ちがある
RYU'S EYE
座右の銘
ゲストプロフィール
松浦 敬一
- 1944年広島県生まれ、64歳。
- 1858年(安政5年)に創業された新光時計店の4代目。5歳の頃から2代目の祖父に連れられ
大阪への仕入れなどに同行。手先が器用で小学生の頃には見習い職人よりも時計の分解が
上手かったという。今では「神の手を持つ」「伝説の時計店」などと言われ、日本全国から、
メーカーなどで修理不能とされた時計が送られてくる。















