「はやぶさ」プロジェクトマネージャー 宇宙航空研究開発機構(JAXA)教授
川口 淳一郎(かわぐち・じゅんいちろう)
幾度とない危機を乗り越え、奇跡を起こし続けたプロジェクトリーダー、川口淳一郎は、「まるで夢のよう」と声を震わせながら語った。決してあきらめなかった彼を支えたものとは、何だったのか――。
一方、はやぶさを支えたメード・イン・ジャパンの技術を探っていくと、たどり着いたのは、何と社員わずか4人、平均年齢65歳の町工場。まさに、日本の技術力の"証"そのもの。
予算削減の波にさらされて来た日本の宇宙開発事業だが、川口は「投資こそが未来を支える」と語る。完璧を求めずに、挑め!はやぶさプロジェクトから、未来を拓くヒントを探る。
社長の金言
明確なゴールを掲げよ
RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
"人類初"に挑み続けた7年間 技術者を支えた「根性」の正体
2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」は7年間に渡る宇宙での大航海を全うして地球に帰還した。月以外の惑星に着陸してサンプルを持ち帰ってくるという人類初の快挙に、世界が喝采を送った。 その快挙を成し遂げたプロジェクトリーダーの名は、川口淳一郎。幾度となく絶体絶命のピンチに襲われた川口は、どのような信念と思考でそれを乗り越えたのか。川口にしか語れない、珠玉のリーダー論。
宇宙事業廃止論に川口が反論 「投資こそが、未来を拓く!」
日本の宇宙開発事業が、予算削減の波にさらされている。去年の事業仕分けでは、後継機「はやぶさ2」の製作さえ危ぶまれた。日本にとって宇宙開発とは、単なる"金食い虫"なのか、それとも"日本の新たな産業基盤"となり得るものなのか? はやぶさは、構想から15年以上をかけた、ハイリスク・ハイリターンのプロジェクトだった。まさに"未来への投資"そのもの。そして今、2014年の打ち上げを目指して後継機「はやぶさ2」は動き出した。後を託されたのは、若き研究者たち。 宇宙事業は単なる技術者の夢ではない!川口が熱弁を振るう。
希望と共に… 世界をリードする惑星探査の技術力
「はやぶさ」で培われた「ニッポンの宇宙技術」とは――。 宇宙航空研究開発機構(JAXA)とともに、7年間の旅路を支えたのは電機大手から町工場まで118もの企業。往復60億キロの大航海の主力エンジン「イオンエンジン」は帰還後、アメリカの宇宙産業メーカーと共同開発・販売を締結。新たなビジネスとなっている。 番組は、ある町工場を訪ねた。そこは一見すると、単なる零細工場。だが実は、はやぶさの搭載装置の試作機を作っていた。宇宙事業に関わって30年。川口も何度も訪れて直接やり取りをしたという。大企業だけではない、日本の技術力の証。ニッポンの惑星探査技術が世界をリードできるか、正念場でもある。
ゲストプロフィール
川口 淳一郎
- 1955年青森県生まれ。京都大学工学部機械工学科を卒業
- 1978年東京大学大学院工学系研究科航空学専攻に進学。
- 1983年旧文部省宇宙科学研究所に助手として着任。
- 1988年助教授、2000年に宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所教授に就任。
村上龍の
編集
後記
宇宙開発は国家事業だが、無尽蔵に資金があるわけではない。最適なコスト&パフォーマンスを実現しなくてはならない。組織を「まとめる」のではなく、個の能力を最大限に発揮させるという、最先端の経営者に共通する資質が、川口さんにはあった。そして、わたしたちを襲った未曾有の災害と危機に対して、「救済と鼻・・・興に科学は貢献できるはずだ」という川口さんの強い意志を感じて、勇気を得た。
















