ハウステンボス 社長
澤田 秀雄(さわだ・ひでお)
ハウステンボスは2200億円ものカネをかけて1992年に開園。しかし、バブル崩壊の煽りを受け、一度も黒字を出すことなく2003年に経営破たんした。野村證券が経営再建に乗り出すが、赤字は回復せず...地元企業団もサジを投げた。そんな難物件を引き受けたのがHIS創業者の澤田秀雄会長だったのだ。
就任後、開業以来一度も黒字にならなかったハウステンボスをわずか1年で黒字化。誰も成し得なかった再生を澤田ができたワケはどこにあるのか?数々の企業再生を行った実績を持つ、『企業再生人・澤田秀雄』のノウハウに迫る!
社長の金言
再建は 楽しく元気に!
RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
ハウステンボス再生請負人
長崎県佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」。 ディズニーランドの1.5倍の広さの敷地には、オランダの街並みが再現されている。 しかし開業以来一度も黒字化はなし!回復へ向け、様々な試みが行なわれるも、ことごとく失敗。 立ちあがったのは、HIS会長の澤田。 澤田はパーク内を無料ゾーン・有料ゾーンに分け、無料ゾーンにはベンチャー企業を呼び寄せる等、単なる“テーマパーク”に捕らわれない、多様な客を集める戦略に出た。
再生のカギは“スピード”
澤田は月の半分を、園内のホテルで過ごす。社内でも常に現場の近くにいられる様、社長室ではなく大部屋で社員と同じ。澤田は「経営にはスピードが大事。スピードを2割上げればコストを2割カットしたのと同じ効果がある」と語る。その体制は社員にも。澤田が行なう新施設やイベントのチェックでは、指摘された箇所を社員は即手直しし、改善していく。より良いサービスへ向け、即座に対応していく“スピード感”が現場に活かされているのだ。
アジアの顧客を呼び込め!
澤田の再建設によって客足が戻りはじめたハウステンボス。しかし、長崎の商圏は東京の20分の1しかなく、国内からの集客は難しい。そこで澤田が考えたのが、長崎と上海を結ぶ船だ。 運賃は7800円と格安。澤田は、ハウステンボスから30億円を出資し、東京より近く、マーケットの広い上海からの集客を狙う。
ゲストプロフィール
澤田 秀雄
- 1951年大阪生まれ
- 1980年旅行会社(現・株式会社エイチ・アイ・エス)創業、社長就任
- 2004年会長就任
- 2010年ハウステンボス株式会社 社長就任
村上龍の
編集
後記
ハウステンボスを間近に見ると「よく造ったな」と思う。少し離れると、日本的な田畑や住居が周囲にあって、少し浮いて見える。さらに遠く離れ、俯瞰すると、東アジアに非常に近いことがわかる。 澤田さんは、HISにおけるモンゴルとの関わりに象徴されるように、ずっと以前から、東アジアに強い関心を持ち、共生を模索してきたように思う。 澤田さん率いるハウステンボスが、東アジアと九州の共生を支える「拠点」としての役割を果たすのではないかという、心躍る期待がある。
















