日本航空 取締役名誉会長
稲盛 和夫(いなもり・かずお)
日本航空 代表取締役社長
植木 義晴(うえき・よしはる)
だが、そこから誰もが驚く起死回生を果たす。
2010年の経営破たんからわずか2年。日本航空を"スピード再生"させたのが、稲盛名誉会長。
不可能とさえ言われたJALの再建。それを、稲盛はどのように成し遂げたのか?3万人を超える巨大組織は、なぜわずか2年で変わることができたのかー? 今回の「カンブリア宮殿」は、放送300回を記念した特別企画。「10年後」をサバイバルするために、いま何が必要なのか?ニッポン最後のカリスマ経営者の掟を解き明かす!
RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
奇跡のJAL再生!その全てを語る…稲盛和夫が挑んだ最後の闘い
最後の大仕事として、周囲の反対を押し切ってJAL再建を引き受けた稲盛。就任するや幹部と“合宿”、社員に対しては『JALフィロソフィー』で意識改革を求める一方、『部門別採算制度』でコスト改革を断行した。つまり稲盛は、京セラや第二電電創業で培ってきた経営ノウハウをJAL再建に惜しみなく投入したのである。その結果、破綻前は500億円の営業赤字だったJALは一転、2000億円という過去最高益を叩き出すまでとなった。 稲盛によってJALの現場は変わり始めた。例えば整備士たちは無駄使いしないように備品に原価を書いたり、本社ではオフィススペースを半分にして社食を無くした。タクシーやハイヤーで通勤していたパイロットはバスを使うようになり、空港のカウンターも大幅に縮小した。
「10年後」を生き抜く鉄則とは?~熾烈競争サバイバル戦術
2期連続の大幅黒字を叩き出したとはいえ、原油高や格安航空会社(LCC)の台頭など経営環境の厳しさが増す航空業界でJALはサバイバルできるのか? 稲盛からバトンを渡された植木の危機感は強い。「確実に利益を上げ続ける企業にならなければならないがゴールは遠い。今はムチを打たれて走らされ、結果を出せた面もある」。“10年後も存在している企業”であるための新戦略とは。秋に再上場を目指す中で断行しているのは、徹底した攻めのサービス。モスバーガーや吉野家と組んで機内食を作ったり、世界で初めて機内エンターテイメントでマンガを読めるようにしたなど、これまでの常識に捕われない企画を次々と打ち出している。 また、JALは最新鋭機材ボーイング787を購入。中型機にも関わらず遠くまで飛ぶことができる787は国際線の要として戦略上重要な意味を持つ。破たん後初めての新規路線、ボストン線初就航までのドキュメント。
ゲストプロフィール
稲盛 和夫
- 1932年鹿児島市生まれ
- 1959年京都セラミック(現・京セラ)を設立
- 1984年第二電電企画(現・KDDI)を設立
- 2010年日本航空代表取締役会長に就任
- 2012年日本航空取締役名誉会長に就任
植木 義晴
- 1952年京都生まれ(片岡千恵蔵の4男)
- 1975年日本航空にパイロットとして入社
- 2010年執行役員に就任
- 2012年代表取締役社長に就任
企業プロフィール
村上龍の
編集
後記
300回という節目の収録で稲盛さんとお話しできたのは、幸運だった。 収録前、「本当は前原元国交相に質すべきでしょうが、国策としての救済には違和感がありました」と言うと、稲盛さんは「いや、私に、何でも聞いてください」と言われた。どんな質問をしても、誠実に、ていねいに、答えていただいた。 オーラがすごかった。「神様」と話しているような気がしてきた。日本で、最後に残った経営の神様だ。ただし、JALが本当に再建できたのかどうか、現時点では私にはわからない。業績改善のおもな要因はコストカットであり、成長に転ずるには乗客や路線を増やさなければならない。巨大企業の体質がたった2年で変わるのかという疑問も残る。 サバイバルは本物なのか、答えが出るのは5年後だろう。
















