『世界のブランドから依頼殺到!崖っぷち印刷工場の"逆転"経営術!』
東京の老舗和菓子店から、誰もが知るフランスの高級ブランドまで世界に名を轟かせるハイブランドが、こぞって印刷を依頼する会社がニッポンにある。
それが兵庫県加西市に本社を置く、従業員40人の地方の印刷会社「グラフ」だ。
地方の印刷会社と言えば、その多くは大手印刷会社の"下請け"企業というのが現実だ。
だが、グラフは下請けの仕事を、ほとんどしていない。
それどころか他の印刷会社で断わられた「特殊な印刷」の仕事が次々に舞い込む。
もちろん、少し前まではグラフも99%を下請け仕事に頼る、倒産寸前の印刷会社だった。
しかし、社長の北川一成は、その地方の印刷会社を
たった一人で世界を舞台に活躍するオンリーワンの印刷所に生まれ変わらせたという。
なぜ、地方の下請印刷会社が「脱・下請け」を実現して、世界が認める企業へと生まれ変わったのか?
これまで明らかにされてこなかった北川流「逆転経営術」に迫る!
社長の金言
人間力で差をつけろ!
RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
脱・下請けのために「バカ社長のフリ」
社長に就任した北川が、真っ先に取り組んだことがある。それが“脱・下請け”だった。 当時のグラフは、仕事の多くが下請けで、社内の印刷機は、その下請けの仕事でフル稼働していた。 すなわち、デザインから印刷までを請負う“利益率の高い仕事”を受けられない状況に陥っていたという。 この悪しきサイクルを打破しようと北川が断行した「脱・下請け改革」の一つが“バカ社長のフリ”だった。 取引先の目の前で“バカ社長”を演じて、「この会社に仕事を任せたら危ない」と思い込ませる戦略だ。 しかし、これが想像以上に効果を上げ、グラフは虎視眈々と下請けの仕事を減らしていったのだ。 大胆な戦略に隠された北川の緻密な仕事術。北川がイメージする仕事の本質とは…
目指したのは「捨てられない」印刷物
北川には、もう一つ、ある目標があった。それこそ「捨てられない印刷物」を作るという野望だ。 原点は、印刷会社で働く父親の元で育った北川の幼いころの思い出にあった。 実は、北川が子供の頃は、毎年、父や職人が大晦日の夜中まで「正月用の折り込みチラシ」の印刷作業にあたっていた。だが、そんな風に苦労して作ったチラシも、年が明けると、当然のようにゴミとして捨てられていたのだ。「なぜ印刷は、こうも簡単に捨てられるのか?」 「同じモノづくりの会社でも自動車やカメラなどは簡単に捨てられないのに…」 この体験を通して北川の中に生まれたものこそ“捨てられない印刷物”を目指すという思いだ。 よその印刷会社が「実現不可能」として投げ出した印刷でも、グラフは引き受け、ニーズに応えてみせた。 そして、いつしか「特殊印刷の駆け込み寺」そう呼ばれるまでに至ったのだ。 特別な機械を使わなくても、他社と差がつく。その秘密こそ、北川が育ててきた技術屋集団にあった。
ゲストプロフィール
北川 一成
- 1965年兵庫県加西市生まれ
- 1987年筑波大学 卒業
- 1989年北川紙器印刷 入社
- 2000年グラフ社長に就任
企業プロフィール
- 1933年北川紙器印刷 創業
- 1989年社名を「グラフ」に変更
- 本社:兵庫県加西市
村上龍の
編集
後記
北川さんは子どものころ、空にかかった虹を見て、「取ってこよう」と、自宅の裏山に登ろうとした。お母さんがそれを見て、「これに入れておいで」とビニール袋を渡してくれたらしい。美しく、ロマンチックなエピソードだ。北川さんは、おそらく今でも「虹をつかもう」としているのだと思う。不可能なことに無謀に挑戦するという意味ではない。どうすれば、虹をつかむのと同じような効果と、充実感を獲得できるか、そのことを常に考えている。デザインと印刷の両方の技法に習熟した北川さんとグラフ、まさに「虹の彼方」の存在で、他の追随を許さない。


















