社長の金言
コミュニティの力で街は再生できる
RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
バブル期に感じた“危機感”から立ち上がった商店主!
長きにわたり四国の玄関口として栄えた香川県高松市。その中心部に位置する「高松丸亀町商店街」は400年を超える歴史を持つ伝統ある商店街だ。しかし、バブル絶頂期の1988年、瀬戸大橋の開通をきっかけに、その屋台骨が大きく軋みはじめた。交通インフラの整備で大型量販店が次々と高松市内に進出。その大型店に多くの客を奪われ、売上高はピーク時の3分の1に激減してしまったという。そんな状況に追い込まれた古川を始めとする商店街の人々は、商店街の再生事業として日本で初めて“土地の所有と利用を切り離す”という前代未聞の計画を打ち立てた。 商店街をまっさらな状態から作り直す大改革。計画から16年、商店主たちが辿った復活の挑戦に迫る!
老後に住みたくなる街づくり!
かつては1000人以上が暮らしていた丸亀町商店街。しかし、バブル期に行われた地価高騰による「地上げ」などの影響で、バブル崩壊後には、人口がわずか75人にまで減少していた。こうした住民の減少は商店街の姿さえも変えてしまったのだ。人が住まなくなったことで、昔は全てが揃っていた商店街から青果店も鮮魚店も銭湯も、そして町医者さえも消えてしまったのだ。人が住まない商店街に復活はない。そう考えた商店街が打ち出した改革案がある。それこそ商店街のビルの上層階をマンションにするという大胆な計画だった。そして、住民を取り戻すため商店街が主導して診療所を開設し、スーパーを誘致した。コンセプトは自動車に依存しがちな地方でも、車を必要としない住空間を作ることだ。丸亀町商店街は、こうした考え方で見事、商店街のコミュニティ再生を実現させた。
連携ネットワークで街を活性化!
古川らは、新たに生み出した商店街を「ただものを売る場所」としては考えず、“連携のステージ”と考えている。 商店街に関わる人々がネットワークを作り繋がることで、様々な事業や商品のアイデアが商店街発で生まれていくという考え方だ。現在では、商店街と地元の生産農家がタッグを組んで、月に一度、商店街に「マルシェ(市場)」を設置する取り組みや、地元のアーティストと共業で新商品を生み出しているという。これまでの商店街の常識を打ち破る活性化の取り組み。その狙いを取材する!
ゲストプロフィール
古川康造
- 1957年香川県高松市丸亀町生まれ
- 1980年立命館大学経営学部卒
- 1997年高松丸亀町商店街振興組合に入る
- 2006年理事長に就任
企業プロフィール
- 設立:昭和24年11月13日(登記)
- 共同事業:再開発事業・アーケード販促事業・お祭り事業・駐車場事業IT事業・まちバス事業など
村上龍の
編集
後記
年間一万人を超える見学者が丸亀町商店街を訪れるらしい。「土地の所有と利用の分離」という画期的な方法も学んでいくのだろう。だが、それだけでは商店街を再生させるのは無理だ。もっとも重要なのは外観や手法ではない。信頼に裏打ちされた、コミュニティだ。「コミュニティさえ残っていれば街は再生できる」古川さんはそう言う。逆に考えると、コミュニティが崩壊すると、どれだけ資金やアイデアがあってもだめだということになる。コミュニティは、長い時間をかけて育まれるが、信頼が失われ、人々が離れていくと、あっという間に崩れ去る。丸亀町商店街は、街を再生しただけではない。コミュニティを軸に、確固たる信頼を、取り戻したのだ。


















