カンブリア宮殿

村上龍 × 経済人

10001054

テレビ東京系にて放送中

2015226日放送

見えないものが見える!測れる!
ニッポンのものづくりを支える最先端の老舗企業

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島津製作所社長
中本 晃(なかもと あきら)

明治時代に京都で創業。2002年に、社員の田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞し、一躍知られるようになった島津製作所。医療用のエックス線機器開発に始まり「見えないモノを見る、計る」分析・計測機器を製造する専門メーカーだ。完全なBtoBビジネスの企業だが、その製品が活躍するのは、自動車から食品メーカーまでありとあらゆる商品開発の現場から、食品の安全や大気汚染などを調べる用途まで様々。日本では島津製作所のような分析計測の総合メーカーは他に存在せず、独自のビジネスを築き上げてきた。今回は、創業から140年"日本最古のハイテク企業"の強さの秘密と、社会に役立つ最先端技術の開発現場を取材する。

社長の金言

世の役に立ってこそ
本当の価値が生まれる

RYU'S EYE

座右の銘

座右の銘

放送内容詳細

ニッポンの企業を支える分析計測機器のプロ集団!

平安京の碁盤の目の中に本社を構える、島津製作所。遠くはイラクからも見学者が訪れる、年商3000億円の世界に誇る分析計測機器メーカーだ。異物混入防止や、食品の味・匂い分析、自動車メーカーの分析装置まで…ありとあらゆる分析計測機器を作っている。ノーベル賞を受賞した田中耕一氏の業績も、タンパク質を分析計測するための方法だった。実はそんな島津製作所、日本中のメーカーにとって、その商品開発の命運を左右する重要な役割を果たしているという。例えば、自動車メーカーの燃費競争。他社がまだ計る事が出来ないエンジンの内部の燃焼の様子を計る事が出来れば、他に作れない低燃費のエンジンを作ることが出来る。日本のモノづくりに、島津の製品がどんな価値を持っているのか、その現場を取材する。

明治初期から“日本初”のハイテクに挑み続けた創業者のDNA

島津製作所を起こしたのは、島津源蔵とその息子・2代目源蔵。元々仏具職人だった島津源蔵は、明治期に西洋から入ってきた「科学」に興味を持ち、科学を教育するための理化学実験道具の製造に乗り出す。そして2代目源蔵は、そんな最新技術好きだった父の影響から、日本で初めてのエックス線撮影に成功するなど、事業分野を医療、分析機器へ広げていった。日本最古のハイテク企業ともいえる島津製作所は、そんな創業者のDNAを引き継ぎ、様々な革新的な技術に常に挑戦してきた。現社長の中本も、そんなDNAを受け継ぎ、画期的な液体クロマトグラフ(様々な物質を液体の中で分析する機器)を開発したエンジニアだ。いまでもこの機械は様々な企業や島津製作所の強さを支えてきたモノとは何なのか?歴史と共にその神髄を探る。

島津にしか見えない世界が、がん治療をも変える!

これまで日本のモノづくり企業の求めに応じて様々な分析・計測機器を開発してきた島津製作所。その最新鋭機器が今、医療にも革命を起こそうとしている。それが、島津製作所と浜松医大が共同開発した「imスコープ」。通常、高倍率の顕微鏡で組織断片を見ても、その凹凸などの形状は分かっても、組織がどういった物質で成り立っているのかは、別の分析をしなければ分からない。それがこのimスコープで初めて、形状と、その詳細な中身が同時に見ることが出来るようになった。大きな期待が高まっているのが「がん治療」の分野。これを使えばがん細胞の位置や形に加え、薬がどこまで細胞に浸透しているか、などが一目瞭然になり、治療薬や治療法の開発が劇的に進歩するのではないかと注目が集まっているのだ。島津が取り組む「見えないものが見える」機器、その限りなき可能性を取材する。

ゲストプロフィール

中本 晃

  • 島津製作所社長 中本 晃(なかもと あきら)
  • 1945年、鳥取県生まれ。大阪府立大学工学部卒業後、島津製作所に入社。品質保証部長、LC部長などを経て、2007年専務取締役に就任し、広報、経理などを担当。09年、社長に就任。一般社団法人日本計量機器工業連合会会長も務める。

企業プロフィール

  • 創業:1875(明治8)年3月 設立:1917(大正6)年9月
  • 本社:〒604-8511 京都市中京区西ノ京桑原町1番地
  • 資本金:約266億円 グループ従業員数:10,612名(2014年3月31日現在)
  • 連結売上高:3,075億円(2014年3月期)

村上龍の
編集
後記

島津製作所の製品がどんなものか、理解できる人は少ないだろう。基礎研究に支えられた技術、その組み合わせ方が、あまりにも先端的だからだ。本拠地である京都は、明治維新後、東京に対する一種の反骨精神によって、貴重なベン チャーを数多く生み出した。島津は、創業時のオムロンを結果的に支援し、そのオムロンは日本電産の成長を助けた。島津は、京都発ベンチャーの母体となったのだ。「技術はすごいが金儲けは下手」という評判もある。だが、それは褒め言葉だと思う。島津製作所が、もし短期的な金儲けに走っていたら、日本を代表する京都の企業群は誕生していないかも知れない。

村上龍

読んで分かる「カンブリア宮殿」コラム

JMM Japan Mail Media 編集長 村上龍

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