カンブリア宮殿

村上龍 × 経済人

1161155

テレビ東京系にて放送中

テレ東BIZで配信中

2015924日放送

10周年記念1.5h拡大版 波乱万丈スペシャル
~あの時があるから今がある~

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ニトリホールディングス 社長
似鳥 昭雄(にとり あきお)
ハイデイ日高 会長
神田 正(かんだ ただし)

10周年を迎えたカンブリア宮殿。400人を超えるゲストが様々なエピソードを披露してきた。しかし放送では紹介しきれなかった、珠玉のエピソードがたくさんある。成功の裏には大失敗が...。そして、ひょんなことから成長への糸口を掴んだ例も...。すべて、「あの時があるから今がある」。波乱万丈の人生を歩んできた経営者達は、どこで何を掴み、そして生き残ってきたのか...。これまでに登場した経営者のエピソードを、新規撮影分も含めて改めて紹介。さらに、村上龍がこれまでのゲストから選りすぐった2人の名物経営者をスタジオに招き、特製の巨大模型やパネルも駆使しながら、波乱万丈の人生を紐解いていく。

社長の金言

まず「行く」と決めて走り出す

“もう一歩”の粘りが
運を引き寄せる

RYU'S EYE

座右の銘

座右の銘

放送内容詳細

【ニトリホールディングス社長 似鳥昭雄】

全国に367店舗を展開する家具・インテリアの「ニトリ」。年商4173億円の巨大企業を一代で築きあげた似鳥昭雄。北海道で育った似鳥は、子供の頃、常に劣等生だったという。勤めも長く続かなかった23歳の時、自分で商売するしかないと思い、札幌市内に家具店を出店。店の名は「似鳥家具卸センター 北支店」。卸センターは「広くて安い」、支店は「本店がある」と客に思わせる似鳥のアイデアだ。しかし、対人恐怖症のため、商売はうまくいかず赤字が続いた。その状況を救ったのは、妻、百百代。愛嬌がある百百代のおかげで、売上げは倍増した。そんな時、似鳥が百百代に土下座する事態が発生…。その驚きの理由とは。その後、2号店を出店したが、2年後ライバル店の出現で売り上げは激減し、倒産の危機に追い込まれる。追い詰められた似鳥は、毎日、死ぬことばかり考えていたという。そんな似鳥にアメリカの家具視察の話が来る。そこで初めて今のニトリにつながるビジネスモデルを思いついたのだという。自他ともにアイデアマンの似鳥、4号店を出店する際は、資金が無いためエアドーム型の店舗を計画する。だが、オープン当日、大雪のため店が潰れ、商品はほとんど損傷してしまう。しかし似鳥は、めげることなく「傷物 半端物大会」と称し半額で売り出した所、大盛況となった。こうして波乱万丈の経営者人生を経て、今や日本を代表する大チェーンを築いた似鳥はかく言う。「人生は冒険であり、アドベンチャーだ。」と。

【ハイデイ日高 会長 神田正】

都心の駅前に必ず見かけるラーメン店、「熱烈中華食堂 日高屋」。首都圏を中心に約370店舗を展開している。年商344億円のラーメンチェーンを一代で築き上げたのが、神田正だ。埼玉県の日高町で育った神田。本人いわく、町一番の貧乏家。中学卒業後すぐに就職するが、飽きっぽい性格が災いし、実に15もの職を転々とする。そんな神田に、転機が訪れたのは22歳の時。知り合いに紹介されラーメン店で働くことになる。客からその場で代金がもらえる“現金商売”に魅力を感じた。「貧乏だったから、現金の感触が嬉しかった」。初めて店長を任されたのが岩槻店。出前の注文が殺到し店は大繁盛。調子に乗った神田は、スナック経営に乗り出す。資金が無いため、ホステスは実の妹を起用。しかし、柄の悪い客ばかり増え、店の評判はおちる一方。たった1年でラーメン屋もろとも連鎖倒産してしまう。反省した神田は、1973年、大宮駅前にわずか5坪のラーメン店を開店する。駅前の立地と当時珍しかった深夜営業が受けて大繁盛。この頃、神田はすでに「チェーン展開」を考え始めていた。その計画を相談したのが二人の弟たち。猛反対する二人を何とか説得し、駅前の一等地に次々と出店。その資金がかさみ一時は借金1億円を抱えたが、徐々に駅前戦略が当たり大成功。そして、1994年、満を持して一等地・新宿に、全国のご当地ラーメンが食べられる「ラーメン館」をオープンする。当初は大盛況だったが、本場の味が出せず失敗。ここでも失敗を経験した神田は、改めてラーメン屋の原点を見つめ直すことになる。そして、出来たのが、普通だが安くてそこそこおいしい駅前のラーメン屋=「日高屋」なのだ。神田会長は言う。「順風満帆な人生なんてつまんないですよ。波乱万丈でいろいろあった方がいいよ」と。

その他紹介予定のエピソード

■ドトールコーヒー創業者・鳥羽博道さん 父子家庭。商売を手伝い家計もやりくりしていたが、高校時代、父とけんか。日本刀を振り下ろされて逃げ出し、着の身着のままで上京。 ■壱番屋(カレーハウスCoCo壱番屋)創業者 宗次徳二・直美夫妻 夫・徳仁の幼少期は、道に生えている草を食べるほど極貧。妻も父が10歳で亡くなり、親類に預けられる。家庭の味を追求したカレーと、家庭的暖かさを信条とした経営で、一大カレーチェーンに。 ■フォーシーズ 浅野秀則会長 10以上の事業を起こすがすべて失敗。映画「E.T.」を見て宅配ピザビジネスを思いつき、ピザーラを創業。 ■日本電産 永守重信会長兼社長 単身渡米して電話帳片手に飛び込み営業電話。スリーエムが京都の工場視察に来たが、京都観光に連れ出し工場を見せない作戦に…。 ■スズキ 鈴木修会長 リーズナブルな車を作るため、「エンジン外してでも作れ」と大号令。ケチケチ作戦で軽自動車トップ企業を築く。

ゲストプロフィール

似鳥 昭雄

  • 1944年樺太生まれ、札幌市育ち。大学卒業後、職を転々
  • 1967年似鳥家具卸センター 北支店出店
  • 1983年年商50億円 突破
  • 1993年本州1号店 出店
  • 2002年東証一部上場
  • 2010年「ニトリホールディングス」へ移行 社長に就任

企業プロフィール

  • ≪ニトリ プロフィール≫
  • 創業  :1967年
  • 本社  : 札幌市北区新琴似七条1丁目2番39号
  • 東京本部:東京都北区神谷3丁目6番20号
  • 売上高 :約4173億(2015年2月期 連結)
  • 従業員数:9215人(2015年2月期)
  • 事業内容:家具・インテリア)商品の企画・製造・販売

神田 正

  • 1941年埼玉県日高市育ち。中学卒業後、職を転々
  • 1963年友人の紹介で、ラーメン店で働き始める
  • 1973年中華料理店「来々軒」大宮にオープン
  • 1983年㈱日高商事(現ハイデイ日高)設立、社長就任
  • 2009年会長に就任

企業プロフィール

  • ≪日高屋 プロフィール≫
  • 創業  :1973年
  • 本社  :埼玉県さいたま市大宮区大門町3-105 6F
  • 売上高 :約344億
  • 従業員数:従業員数:746人
  • 事業内容:飲食店経営

村上龍の
編集
後記

「若いうちの苦労は買ってでも」と言われるが、「ぜひとも苦労したい」などと思う人はいない。平穏無事が楽に決まっている。だが、経営にも、人生にも、必ず危機が訪れ、「波瀾万丈の過去」が、サバイバルの源泉となる。成功者はよく言う。「落ちこぼれで、勉強が大嫌いで、怠け者で、何の取り柄もなかった、ただ運がよかっただけ」しかし、成功者の絶対数は少ない。何が違ったのか。おそらく、彼らは常に、自分より、他人(ひと)の幸福に関与したいと思い、実行してきた。その軌跡が、波瀾万丈の過去を、輝ける黄金に変えるのである。

村上龍

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