社長の金言
若者よ 早く現場に出よ
RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
世界が称賛する「魔法の編み機」
京都市のニット専門店。服のタイプを決めて、機械に客のサイズを入力すると…。あら不思議。機械が全自動でニットを編み始め、一時間足らずの間にカーディガンが編みあがった。しかも、縫い目がない!普通はパーツごとに縫い合わせるのが常識。この機械は世界初の丸ごとニット編み機なのだ。日本だけではない。ファッションの本場、イタリアのニット工場に行ってみると、あの機械がずらり100台も…。「この機械のおかげでいい製品をつくれるんだ」と、製造責任者。世界が認める魔法の機械を生み出すメーカーは、「SHIMA SEIKI」。ニット編み機の分野で世界シェアナンバーワンを誇る、知られざる世界企業だ。そんな「島精機製作所」は和歌山にある。創業者で現在も社長の島正博78歳。島は24歳の時、自ら開発した手袋編み機で会社を興した。その後「手袋」から「セーター編み機」に進化して行く。1995年に、ホールガーメント(無縫製横編み機)をイタリア・ミラノで発表するや、「東洋のマジック」と称賛された。それから20年後の2015年11月。ミラノで同じ展示会が開かれた。この晴れ舞台で新機種をお披露目した島社長。20年を経て生まれ変わった機種は、複雑な形状のドレスまでが編めるようになっていた!そして欧米のファッション関係者からあの言葉が…。「マジックが進化した!」島は今も世界を驚かせ続けている。
新たな発明でメイドインジャパンを復権!
幼少のころからアイデア少年だった島正博。16歳で最初の特許を取ってからこれまでの特許数は600以上。発明した件数は1100を超え、これらすべて特許を取れれば、自称「エジソンを超える」というのだ。そんな島は26歳で世界初の「全自動手袋編み機」の開発に成功。「世の中にはない新しい物を作って行こう」と決意する。そして今、ファッションの世界に更なる革命を起こす可能性を秘めた機械が「デザインシステム」と呼ばれるもの。デザインする時、糸の種類や、編み目、色などを画面上で細かく選択出来る。そして一番の売りは、デザインと同時に編み方を編み機に指示するプログラミングまで決まる所にある。さっそく東京・青山にあるアパレルメーカーがデザインシステムを活用していた。これまでは、デザイナーと工場で試作品の確認作業を何度も繰り返していたが、意図を正確に伝えられる事で、試作は1回でOK。製造過程での作業ロスが大幅に減った。しかも、出来上がりは上々。流行りのデザインのニット製品が、いち早く店頭に並んだ。こうした効率と商品の完成度が両立できれば、中国などに奪われた生産の現場も国内に戻ってこれるはず…。「メイドインジャパンを復権したい」。島の狙いはもっと先にあった。
島の技術が世界!そして宇宙に飛び出した!
島精機が世界で初めて可能にした、縫いあわせが必要のない自動丸ごと編み機。その技術はJAXAの「宇宙船用ニットウェア」の共同開発でも威力を発揮した。このニットウェアを着た一人が女性宇宙飛行士の山崎直子さん。無重力空間では、手や腕を使うことが多い。その点、縫い目がないこのニットウェアは動きやすかったという。島の技術が宇宙でも実証された形だ。アメリカのフィラデルフィアにあるドレクセル大学。ここには、「SHIMA SEIKI Haute Technology Laboratory」という研究室がある。中では、島精機の技術を医療や工業の分野に応用する研究が進んでいた。例えば、人が触れてコミュニケーションできるロボットの〝皮膚〟や、胎児の様子が分かる〝妊婦の腹巻〟人の手や指の力を補助する〝特殊な手袋〟など。Exo-skinと呼ばれる手袋は、人の手の微妙な動きに対応できるよう、強度の異なる特殊な糸を組み合わせて編まれる。そのため、精密なプログラム通りに編み上げることができる島精機の編み機が役に立つと言う。島の技術が今、医学・電気工学・バイオテクノロジーなど様々な分野にも可能性を広げ始めている。
ゲストプロフィール
島 正博
- 1937年和歌山市生まれ
- 1956年県立和歌山工業高校定時制を卒業
- 1962年(株)島精機製作所を設立
企業プロフィール
- 東証一部上場
- 本社 :〒641-8511和歌山市坂田85番地
- 売上高:404億5,500万円(2015年3月期)
- (連結売上483億5,400万円)
- 従業員:1,218名(連結 1,766名)
村上龍の
編集
後記
画期的な製造技術を持つメーカーをゲストに迎えるとき、ある程度の知識を得ようとする。だが島精機のホールガーメントに関しては、「編み物の歴史」からお勉強したが、「お手上げ」だった。原理さえわからなかった。だから逆に、すごさが伝わってきた。「産業革命に匹敵する大発明」欧州のアパレルメーカーの賛辞だ。仕組みは、いまだにわからない。だが、記念にどうぞといただいたホールガーメント製のネクタイは、確かに特別なものだった。滑らかで優しい、独特の手触り、天才少年の個人史が刻まれているような気がした。


















