社長の金言
ワクワクできるかどうかが研究者の成否を決める
RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
どんな難病も治せる!?“iPS10年”の医療革命最前線!
山中のiPS細胞の発見から10年。今、世界中の研究者が人間の臓器を作ったり、不可能だった新薬を開発したり…様々な研究を行っている。眼球、胃、心臓…人間のあらゆる部位は、小さな細胞が増殖し様々な形に成長することで完成する。山中が発見したのは、人の細胞を操作することで それぞれの部位に成長以前の状態へ“細胞を初期化する方法”― つまりiPS細胞を培養すれば、理論上どんな臓器でもゼロからつくることが出来るのだ。その医療に革命を起こす発見だからこそ40代の若さで山中はノーベル賞を受賞。今やiPS細胞は1100億円を投じる日本の国家プロジェクトに認定され、再生医療分野だけでも市場は2020年に2兆円に達するといわれる。 山中は所長を務めるiPS細胞研究所で、研究者が自由に細胞を使えるストックサービスを始めるなど、ノーベル賞に立ち止まることなく走り続けている。その胸に秘めるのは―「まだ誰も救ってない…1秒でも早くiPSで人を救いたい」という思いだ。“iPS医療革命”の最前線を取材する。
「ジャマナカ」と呼ばれ「うつ状態」になり…“実録”ノーベル賞への道
東大阪の部品工場に生まれた山中は、父の病気から経営者でなく医者を目指した。しかし神戸大学医学部を経て整形外科医の卵になると、30分で済む手術に2時間もかかるなど…あまりの手術の下手さに臨床医をあきらめ、不治の患者を治すための研究の道を志す。“再生医療”という言葉もない時代…細胞の研究にのめり込みアメリカへ渡り、そして再び日本へ…。何年も何年も結果が出ず実験用マウスの世話に追われる生活。うつ病に罹るまで疲弊した山中を支えたのは、アメリカ時代の研究所長の言葉「ハードワークだけじゃダメだ、何の為に研究するのか…ビジョンがなければ!」山中は父親や仲間など、今まで救うことが出来ず人生を終えた人々を思い、地道な研究を続ける。そして2006年…山中は、京大の研究所の一室でマウスからiPS細胞を作製することに成功。誰もが夢と思っていた“細胞の初期化”を実現し、未来の医療へ扉を開いた。執念の半生を振り返る。
日本発のiPSが海外に抜かされる?!日本に必要な戦略とは…
iPS細胞で人の命を救いたい…その一心で世界を飛び回る山中が、毎年欠かさず参加するのが「京都マラソン」。ランナーとして注目を集めることで、iPS研究へ寄付を呼びかけるためだ。欧米に比べて圧倒的に学術研究に「寄付」が集まらない日本。山中はそんな文化を変えるべく、様々な努力をして、まだ収益源のないiPSの研究への理解を広めようとしている。山中が、扉を開いたiPS研究で、日本がイニシアチブをとるためには何が必要なのか…山中の戦略を聞く。
ゲストプロフィール
山中 伸弥
- 1962年大阪府生まれ
- 1987年神戸大卒業後、国立大阪病院で臨床医に
- 1993年渡米しグラッドストーン研究所へ
- 2006年帰国後、京大でiPS細胞を発見
- 2010年京都大学iPS細胞研究所 設立
- 2012年ノーベル生理学・医学賞受賞
企業プロフィール
- 住 所:京都市左京区聖護院川原町53
- 設 立:2010年
- 従 業 員:約250人
- 執行予算:73億円
- 年間寄付:24億円
村上龍の
編集
後記
山中先生に、体細胞クローン「ドリー」について聞いた。先生は「ここカットされると思いますが」と前置きして「ドリーは乳腺細胞から生まれたので巨乳女優の名前が付いたんです」と笑顔になった。明るい人だなと思った。iPS細胞は、困難な試行錯誤の連続の末に誕生した。「何とかなる」という明るさがないと、努力を維持できない。研究者より、経営者の役割が大きくなったらしい。再生医療に国を挙げての期待が高まる中、想像を絶する重圧があるはずだ。私たちには、過度な期待を持たず、冷静に希望を見出すことが求められている。


















