社長の金言
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RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
地域の資源も見せ方次第!190万人を集客する「プレミアム道の駅」戦略
群馬県川場村。人口は約3300人、主な産業は農業と畜産で「特別なものが何もない」という小さな村だ。その村にあるのが年間190万人を集客する道の駅「川場田園プラザ」。広大な敷地に点在するのは、都心の高級店のようなベーカリーやスイーツ店。産直コーナーはヨーロッパのマルシェのような品揃えだ。地元の厳選商品を集めたギフト店「カワバプレミア」では、川場村の生乳で作った1個1800円もする絶品プレミアムヨーグルトや、5枚で1000円のクッキーが飛ぶように売れる。田園プラザは、川場村の様々な味わいを、都会の客にも喜んでもらえるよう、徹底した「顧客目線」でアレンジした”プレミアムな道の駅”なのだ。実は永井、他の道の駅をほとんど見たことがない。永井は都心の高級スーパーや東京ディズニーランド、欧米の小売店の「一流のおもてなし」を徹底的に研究し、過疎の村にあった道の駅を劇的に生まれ変わらせ、国土交通省から地方創生の成功例として「道の駅のモデル」に認定された。驚異的な集客を生み出す、永井流のユニークなマーケティング戦略に迫る。
村に人生を捧げた父の背中を追いかけて…奇跡の道の駅 誕生物語
もともと永井は、地元の造り酒屋の5代目。世界で評価される日本酒を目指し、吟醸酒「水芭蕉」やシャンパン風「スパークリング酒」でヒットを飛ばした。その頃、川場村の第3セクターとして作られた道の駅・田園プラザが赤字に転落。村が立て直しを託したのが永井だった。永井は徹底した社員の意識改革やプレミアムな商品開発で赤字だった道の駅をV字回復させた。そんな永井の格闘の原点が、道の駅のホテルに展示される1両の蒸気機関車。かつて川場村の村長だった永井の父が、過疎の村を変えようと集客の目玉として持ってきたものだ。鉄道のない川場村にきたSLは、当時大勢の客を集めた。その光景を誇らしく見つめていた永井少年は、「いつか自分も村に人を呼び込みたい」と胸に刻んだ。奇跡の道の駅、川場田園プラザの誕生物語に迫る。
川場村から世界へ…永井の新たな挑戦
田園プラザには地域おこしの参考にしようと全国から視察団が訪れる。現在永井は、神奈川県・大磯の漁協に依頼され、その集客施設づくりに手を貸している。そんな永井が向かったのがアメリカ。次に手掛けるのは、ロサンゼルスで日本の産品を発信する商業施設だ。永井の新たな挑戦を追う。
ゲストプロフィール
永井 彰一
- 1963年群馬県川場村生まれ
- 1989年カナダ留学から帰国後、永井酒造入社
- 1999年永井酒造 代表取締役社長就任
- 2007年田園プラザ川場 代表取締役社長就任
企業プロフィール
- 本 社:群馬県利根郡川場村大字萩室385
- 設 立:1993年4月
- 年 商:直営:16億3000万円
テナント:3億9400万円 - 従業員:150名(パート含む)
村上龍の
編集
後記
神童だったそうですね、永井さんに聞いたら「作り話ですよ」と否定された。たぶん本当だと思う。神童は成長し類いまれな経営者となった。奇跡のような地方再生。だが、やり方は普遍的だ。ボトルネックを発見し、できることから改善していく。「川場田園プラザ」は、欧州のマルシェ、都市部のデパ地下などを参考にしているが、別の環境だったら違う戦略を採っていただろう。父親は、商売人ではなく村長として、息子に進むべき道を示した。ただ、ビジネスも政治も、人々が何を求めているか、考え抜き実践する以外、方法はない。


















