放送内容詳細
地域に根差した独自戦略で“百貨店”を貫く!
銀座と浅草のみに店を構える「松屋」社長の古屋は「松屋は東京の地方百貨店」だと言う。銀座に本店を置く唯一の百貨店として、地域の名店と共存することに活路を見いだしているのだ。2022年夏からは、コロナでピンチに陥った銀座の灯を取り戻そうと、銀座界隈の老舗飲食店と手を組み、それぞれの名物メニューを冷凍食品にして提供する「ギンザ フローズン グルメ」を地下にオープン。他にはない上質な冷凍食品は驚異的な人気を見せ、現在メニューを続々と増やしている。さらにカップルや夫婦の客を取り込むために去年、売り場をリニューアル。本来、百貨店では同ブランドでも別フロアにわかれているメンズとレディースを、同フロアに合体させて、男女が一緒に選べるように変えた。また、デパ地下スイーツも「松屋銀座にしかない店舗」や「限定商品」といった個性的な商品を多く取り入れるなど、他では買えない売り場づくりに取り組んでいる。
世襲経営への葛藤・・・創業家の5代目社長の挑戦
古屋は創業家に生まれ、大学卒業後、幅広く世の中を学ぼうと銀行に入行。27歳で松屋に入社。その後、アメリカに出向し研修をしていたが、敷かれたレールをただ進むだけの人生に疑問を感じ「自分は何のために百貨店に入ったのか?」と悩み始める。日本にいた頃、古屋自身はただ松屋の背番号を背負っているだけの「受動的」な人間だったという。だがニューヨークで、自分の意思を大事にするアメリカの友人たちと過ごす中で、古屋は「創業家に生まれたことを生かそうと」と思うようになった。帰国後、松屋に戻り、本店長に就任にすると、テナントとして入る「ルイ・ヴィトン」の売り場面積を拡大し、収益と集客を大きく伸ばした。その一方で、日本の百貨店で初の屋上スケートリンクを造設するが、寒さで客がつかず1年で撤退するという失敗も。それでも地域とのつながりを大切にする百貨店づくりに勤しんだ。2023年3月、社長に就任すると「営業時間の短縮」に乗り出し、松屋銀座の開店時間を1時間遅らせ11時開店に変えた。売り上げはマイナス試算が出たが、「顧客満足度」を上げるために社員の働き方に余裕を持たせることが必要だと考えたのだ。始まって5カ月経った今、売り上げは落ちることなく順調に上昇を続けている。
銀座の路面店も巻き込んだ外商戦略
銀座の中でもラグジュアリーブランドが密集するエリアに位置する松屋銀座は、富裕層の顧客にも人気だ。外商部門は、ただ顧客の自宅を訪問するのではなく、銀座という立地を生かし、店舗で取り扱っていないラグジュアリーブランドとも提携。銀座をショッピングしたいという顧客を外商マンがエスコートし、買い物の楽しさを提供することでより深い信頼関係を構築しているのだ。
地方と共存!百貨店に灯を!
松屋は1955年から世で活躍するクリエイターたちとタッグを組み、良質なデザインの商品を発信し続ける売り場「デザインコレクション」を運営。「デザインの松屋」として評判を得てきた。そのデザイン力を生かし、松屋は衰退の波が止まらない地方の百貨店との共存に力を入れている。例えば、岩手県のローカル百貨店「川徳」には、松屋で使った装飾を提供し、さらに岩手の伝統工芸品「南部鉄器」を生かした店内装飾もプロデュース。銀座と地方のそれぞれのウリで相乗効果を生み出すのが狙いだという。
ゲストプロフィール
古屋 毅彦
- 1973年東京都生まれ
- 1996年学習院大学卒業後、東京三菱銀行入行(現・三菱UFJ銀行)
- 2001年株式会社松屋入社
- 2008年米国コロンビア大学院(SIPA)国際関係学修士号取得
- 2023年代表取締役社長執行役員に就任
企業プロフィール
- 住所:東京都中央区銀座3丁目6番1号
- 創業:1869年
- 従業員:530名
- 売上高:809億9,600万円(2023年2月期)
村上龍の
編集
後記
百貨店の業界は厳しい。右肩下がりが続いている。だが、「松屋」ほど、百貨店という名前がしっくりくるところも珍しい。百貨店という名前の強みは、長い歴史で培ってきた安心・安全と信用・信頼だ。そもそも「銀座と浅草に館を構える店」というイメージを大事にしている。白亜のルイ・ヴィトンも、どことなくつつましい。長い時間をかけて、ブランドを大事にし、ブランドからも信頼を勝ち取った証しだ。銀座に路面店を構える店と連携し、外商顧客を送客するサービスも、そのすべてが、つつましい魅力に溢れている。


















