テレビ東京開局45周年記念ドラマスペシャル シューシャインボーイ

「ソウル国際ドラマアワード2010」グランプリ受賞 11月3日(水)午後1時30分より再放送決定!初回放送:2010年3月24日

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西田敏行・浅田次郎コメント

2月22日(月)、東京・港区のテレビ東京にて、「シューシャインボーイ」の完成披露会見を行いました。原作者の浅田次郎さん、主演の西田敏行さんが出席し、作品に込めたそれぞれの思いを語りました。

浅田次郎

「シューシャインボーイ」は、いいものが書けたなと思った作品でした。私はいつもDVDやビデオで見るのではなく、オンエアーの時に視聴者の人の気持ちになって見るということをしているので、実はまだ見ておりません。

西田敏行

この「シューシャインボーイ」撮影は、ちょうど一年前に終了してまして、それからはずっと「釣りバカ日誌」の仕事に専念してましたので、この鈴木一郎に戻るまでがちょっと時間がかかりましたが、戻ったらあっという間に、現場が楽しかったこと、大人として役者として楽しめたことを思い出しました。実に気分よく出させて頂きました。私はDVDを拝見しましたが、大変面白い作品になったと自負しております。

Q浅田次郎原作、西田敏行主演のドラマはテレビ東京としても4作品目になりますが、今までに印象深い作品は?

西田敏行

一作品一作品自分の中では思い出があるけれど、「角筈にて」は俳優としての初めての浅田作品だったので、そういった意味では大変印象深いです。妻役の竹下景子さんとやっている仕事でも、「シューシャインボーイ」を取り上げさせていただいて、2人で朗読をしました。それもあって、今回のドラマがあり、つくづくご縁があったんだなと感じています。

浅田次郎

さっき控室で聞いて、指折り数えました。別にあてがきしているわけじゃないんですが、小説家が書く主人公像というのは、自分の好みの主人公のパターンというのがあり、僕の場合は、ちょっと不器用そうで、世の中の情勢から一歩外れたけどすごくいい奴っていう感じの男性像が度々出てきて、それが西田さんのキャラクターにぴったりはまります。小説は書き方が変わるわけではないから、この先も永遠と続いていって、三十年くらい経てば、西田さんは菊治役でもう一度「シューシャインボーイ」ができるんじゃないかと思っています。

Q.どのような思いで鈴木一郎を演じましたか?

西田敏行

僕は戦争を知らない子供たちの一号のような団塊の世代。周りに菊治さんと同じような体験をした人がいます。まず、自分の父親が菊治でした。どこかで生き残ったことの気恥ずかしさとか思いとか、そういったものを胸に秘めながら日々暮らしてきた男だったと思います。体に鉄砲の銃弾が貫通した痕があって、風呂に入るたびに、この人は大変な体験をした人なんだなと思っていました。菊治さんをいっぱい知っている分、菊治さんの気持もわかったし、養子である自分としては、血のつながらない親子というものもわかります。実際に自分は戸籍上でも親子になりましたが、鈴木一郎は一緒に暮らしたいと言っても、菊治さんは首を縦に振らない。なぜそうしたのかという想いとか、敗残の兵としての屈辱もあっただろうし、戦争で価値観が変わってしまった父親をどこかで畏敬の念をもって、何とか親孝行のまねごとをしたいという一郎の親孝行感というのもわかる。彼は、義理とか人情とかに支えられて、一国一城の主である社長になったという部分でも、戦争体験は一郎にとって、ある種のエネルギーでもあったのではないかと思います。矛盾するところもたくさんあるし、大変だったろうなと思います。
このドラマで、バーで鈴木一郎が語るシーンが好きです。終戦後は何もなかったけれど、その方が人間にとっていいんだと言った後での塚田とのディスカッションがいいと思います。これは今の日本を語る一つのコアなポイントではないかとも思っています。ビルばっかり大きくなって、人間がどんどん小さくなっているというセリフも、実感することができる。これがアナログ時代とデジタル時代の違いなのかわからないけれど、人と人が熱くかかわっていた時代に生きてきた人間と、なるべく人と接することを避けて、クールに接している世代とのギャップを感じ、自分は熱い側の人間なんだろうなと思いながら演じました。

浅田次郎

西田さんが団塊の真っただ中であるのに対し、僕らはその弟世代。父親が戦争から帰ってきて、長男が西田さん、次男が僕という組み合わせが多い。靴磨きは最近までいました。それを僕らにとっては、見ても何も感じない、風景のように見ていました。戦争ではどのくらいの人数が死んだかはっきりしていないけれど、日本人だけでも300万人以上が死んだと言われています。300万人の国民が死んだということは、おそらく大勢の戦災孤児が誕生したはずです。そんなに昔の話じゃないので、皆さんどこかで何とか生きていたんだと思います。これはそういう想像から生まれた作品です。
原作を書いていて気にいったセリフがあります。菊治に俺の親になってくれと一郎が言い、菊治が拒否をする。その時一郎は「俺は親に二度捨てられるのか」と極めつけの悪態をつく。しかし菊治は「だったら二度忘れりゃいい」と答える。この言葉は自分で書いた時に、本当にこうなんじゃないかと思いました。このセリフを書きたいがためにこの作品を書いたようなものだと思います。三つの世代が書かれており、三人の中で一番立派で一番強いのが菊治、一郎は菊治には及ばないが一所懸命やっている。それを見習って塚田もこれから一生懸命やろうと思う、というような三人の話を書きました。どの世代が読んでも、それなりに納得できるような書き方というのが、難しかった。

Q非常に会話のシーンが多かったのですが、西田さんは視線を切るシーンが多かったと思います。演技で気を使った場面などを教えて下さい。

西田

特に運転手の塚田役の柳葉君とは車の中のシーンが多かったので、塚田の顔をバックミラーで見ながら私は話しかける。バックミラー越しに話しかける私に対して塚田が返事をするというやりとりが多かったです。通常のように対峙して話し合うことがあまりなかったです。この設定を僕は楽しみました。目線を合わせないで鏡の中でおたがいの真偽を読み合うというか。役者としてのチャレンジもあり、役としての塚田の声色とか、目の動きを絶えずバックミラーで追っている楽しさがありました。こういう形で犯人と刑事がやりあうものはないかなとか、他のドラマでも使えないかなと考えていました(笑)

会見写真 会見写真 会見写真 会見写真 会見写真