セルジオ越後「フットサルを日本で普及したのは僕」ブラジルと日本のスポーツ文化の違いとは

サッカー

2020.8.20

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【セルジオ越後の言いたい放題】
今回のテーマは「ブラジルと日本のスポーツ文化の違い」。
セルジオ越後がリベリーノやラモスと共にフットサルを日本へ普及したエピソードも語ってもらった。

「僕がブラジルからサッカーボールを持ってきてフットサルを普及した」

現地で生活したら現地のものを覚える。というところがブラジルのお国柄ではないでしょうか。「教える」という考えの国にはそういうことは発生しないでしょうね。教科書みたいになりますから。

僕が日本に来た時にトーキックとかヒールキックとか足の裏を使ったら、日本人は誰も出来ませんでした。

なぜかと言うと、教科書には「インサイド・アウトサイド・インステップ、それ以外はダメ」と書いていた。子どもはやりたいけれどダメ。学校というのは上手になるよりも怪我をしないことが一番でした。

実は体育館でのサッカーは、僕がブラジルからサッカーボールを持ってきて北海道などの寒い地域で普及活動をしていたんです。サッカー協会は当初興味がなかったのですが、およそ30年経ってそれがフットサルになりました。

あの日本武道館でやったことなんて誰も知らないですね。ブラジルから親友のリベリーノを含め、選手を連れてきてチームを作り、日本にいるラモスとかと僕らがチームを組んで、全国展開をして普及しようとしました。今でいうフットサルですよ。とても盛んになったということですね。

日本は「一人一種目」の文化

日本は、学校以外のところで何か技術を伸ばすというのがとても難しい国ですね。「体育館の中でサッカーはやってはいけない。外でやりなさい」とか厳しいルールがある。そういうところが、自然に何かが発生するブラジルと日本のスポーツ文化の違いだと思います。

僕は幼い頃にサッカーもハンドボールもバレーボールもバスケットボールも、色々な種目をやりました。だけど、日本では一種目しか出来ない。そういうところのスポーツに対する考え方の違いが大きいと思います。

それぞれの国に色々な事情があるけれど、日本の場合は一人一種目の文化である。ということを日本人がまだ分かっていないですね。

僕は野球のキャンプを見に沖縄に行ったりするんですが、日本の記者に「あなた会場を間違っていませんか?」と言われるんです。「この人はサッカーの人だ」という考えですよね。テニスを観に行っても「テニスも好きですか」なんて言われますからね。

結局、日本が地域と密着できないのは種目ごとで分裂しているからです。学校でも種目を超えた選手同士の付き合いがない。

ブラジルは学校でスポーツをやらないお陰で好きな地域で好きなことをやれますからね。僕もいろいろな遊びをして色々な競技をやったからサッカーは飽きなかった。

ブラジル人がサッカーを好きなのは、毎日やらないからです。毎日やったら何でも飽きます。そいうところがやはり環境ですね。ブラジル人が日本人よりサッカーを一生懸命やっているから上手い、というのは大きな勘違いです。飽きますよ、毎日やったら。自然とサッカーが恋しくなったからやる。だから飽きない。

ブラジルの方が自然の中で鍛えられる

また、色々な種目をやることによって、体が逞しくなります。違う筋肉を使うからです。バスケットだったらジャンプや体を使うとか、色々と目に見えないところで筋肉を使っています。

サッカーは腕を使う必要がある。その筋肉も必要です。色々な遊びの中で、当時は木にも登ったし、ビー玉遊びをしているとずっとうさぎ跳びをしているのと同じでしゃがんだままビー玉を追いかけ続けました。

そういうところも考えながら昔を振り返ってみたら、自然な遊びで鍛えられていたんですね。トレーニングではないです。トレーニングはやらされるもの、10分走るとか決められます。

遊びはキリがないくらい自らやってしまうんです。蓋を開けてみたらクタクタになっている。そうやって自然の中で鍛えられるということは、日本よりブラジルの方が多いのではないかなと思います。

ブラジルでは、赤信号でも危ないと言わずみんな渡ります。車に轢かれたら、サッカー選手にはなれないですね。厳しさで言えば、日本よりも厳しい社会で揉まれているからその辺りの身体能力の発達があるのかもしれませんね。