内田篤人 ラストマッチで明かしたプロとしての思い

サッカー

2020.8.24

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2020 J1リーグ 内田篤人 引退試合 写真:アフロ

 鹿島アントラーズDFで元日本代表の内田篤人選手が8月23日、ホームでのガンバ大阪とのJ1リーグの試合に前半途中出場し、試合終了直前に1-1の同点ゴールをお膳立てする活躍で現役ラストマッチを飾り、試合後のセレモニーで引退を決めた思いを明らかにした。

 現役最後の試合となった8月23日のガンバ大阪とのリーグ戦は、ベンチスタートだった。だが、サイドラインから試合の流れを見つめる内田選手に出番は思いの外、早く回ってきた。

前半22分、右サイドバックで先発したDF広瀬陸斗選手が負傷し、タンカで試合を後にする。内田選手は即座に準備を整えてピッチに立った。

 前半6分にガンバに先制されて1点を追う展開の中、右サイドで相手と激しく競り合い、相手の攻撃の芽を摘む。前半38分には、鹿島のCKから相手にボールが渡り、カウンター攻撃になりそうなところを、FW宇佐美貴史選手へ激しくチャージし、警告を受けた。

徐々に守備的に戦うガンバに対して、鹿島がボールをキープして攻める時間が長くなると、内田選手は中盤からのパスにオフサイドぎりぎりのタイミングで右サイドを駆け上がり、クロスボールを送ってゴール前のチャンスを作る。

 後半の途中交代でMFに遠藤康選手、FW染野唯月選手、MF荒木遼太郎選手らが入るとパスがテンポアップ。鹿島が相手ゴールに迫る場面がさらに増えた。激しい戦いを示すように、内田選手の引退の引き金となった右膝を固めていたテーピングも途中で剥がれかけていた。ガンバの強固な守備の前に、なかなかゴールを割れないまま迎えたアディショナルタイム。ようやく、同点ゴールが生まれた。
その起点となったのは内田選手の右サイドからのクロス。前線で相手と競り合ってこぼれたボールをつなぎ、左サイドから荒木選手が中に折り返す。これをDF犬飼智也選手が頭で合わせて、ゴールネットで揺らした。

ほっとしたような表情を見せた内田選手。その直後、試合終了の笛が鳴った。2006年に鹿島のシーズン開幕戦でデビューして以来約14年半、Jリーグ148試合目、鹿島での通算217試合目で迎えた終止符だった。

 試合後、内田選手は「他の選手はやっぱりやりにくかったんじゃないか。いろんな感情が出てしまうゲーム」と話し、「どうしても勝点3は欲しかったが、ガンバも本当にいい相手で、しっかりした守備で(昌子)源を中心に手強い相手だった」と振り返った。

目を赤くしていた鹿島のザーゴ監督は、「最後の最後まであきらめない姿勢がゴールに結びついた」と指摘し、「我々のチャンスメイクはほぼ、内田選手から生まれていた。サイドバックとしてどうプレーするべきかを、決まり事を尊重しながら臨機応変に見せてくれた。そういう選手がピッチを去る。日本のサッカーにとっても僕自身にとっても、とても残念だ」と話して、肩を落とした。


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2020 J1リーグ 内田篤人 引退試合 写真:アフロ


後輩へ見せるべき姿

 試合後のセレモニーでは、ジーコ鹿島テクニカルディレクターから花束を受け取り、高卒ルーキーながら開幕戦スタメンに抜擢したパウロ・アウトゥオリ、リーグ3連覇を達成したオズワルド・オリヴェイラという2人の元監督からビデオメッセージも送られた。アウトゥオリ氏は内田選手の開幕戦での起用について、「練習を見て3日で決めた」と振り返った。

 最後の舞台で、ピッチ中央に用意されたマイクを前に口を開いた内田選手は、こう言った。

「鹿島アントラーズというチームは数多くのタイトルをとってきた裏で、多くの先輩方が選手生命を削りながら勝つために、日々努力してきた姿を僕は見てきました。僕は、その姿を今の後輩に見せることができないと、日々練習する中で身体が戻らないことを実感し、このような気持ちを抱えながら鹿島でプレーすることは違うんじゃないかと、サッカー選手として終わったんだなと、考えるようになりました」

 高いプロ意識のある鹿島で育った、内田選手ならではの言葉にほかならない。

 「日の丸をプレーする重さも、殺気のあるドイツでのスタジアム、つらさもうれしさもすべて僕の財産」と話し、プロサッカー選手を目指す「サッカー小僧」の子どもたちへ向けて、こう語りかけた。

 「鹿島は少し田舎ですが、サッカーに集中できる環境、レベルの高さ、そして今在籍している選手たちが、君たちの大きな壁となりライバルとなり偉大な先輩として迎え入れてくれるはずです。僕はそれを強く願います」

鹿島でプロ選手として育ち、ドイツでの8年間の戦いを経て古巣に復帰して戦い続けた32歳は、「サッカーを通じて出会えたすべての人達に感謝します。また会いましょう」という言葉でスピーチを終えた。

最後まで「らしさ」を滲ませて、内田篤人選手がサッカーシューズを脱いだ。


取材・文:木ノ原句望