【日本ダービー】福永祐一が跨るシャフリヤールが 経験者だからこそ知る「ダービーの勝ち方」
2021日本ダービー シャフリヤールが優勝 写真:日刊スポーツ/アフロ
どんな経験も、勝利の糧に ~第88回日本ダービー回顧~
「ダービーの勝ち方、知ってる?」―― 今年の日本ダービーの1番人気馬エフフォーリアと横山武史はレース中、先輩騎手とライバルたちから、こう問われていたような気がしてならない。
現時点での実力は間違いなく世代最強。皐月賞でのレース振りには何一つ隙がなく、勝負付けは済んだように見えた。ダービーまでの1ヶ月半を見ても、調教では完璧な仕上がりを見せ、引いた枠番もダービーでは最も有利とされる1枠1番。
【日本ダービー】シャフリヤールV!福永祐一3度目のダービー制覇!エフフォーリア2着 全着順
牝馬サトノレイナスがエントリーしたというイレギュラーこそあったが、それ以外は完璧すぎるくらいに完璧な臨戦過程をエフフォーリアと横山武史は歩んで、ダービー当日を迎えた。
パドックでも、16頭を従えて先頭で周回するエフフォーリアはまさに威風堂々という雰囲気で周回し、他の馬たちとは格が違うと言わんばかりの風格を見せた。返し馬に入ってもその様子に変化はなく、無敗での二冠制覇に限りなく近づいたように思う。
選ばれし17頭だけにゲートでごねる馬もいなければ、スタートで出遅れる馬もゼロ。その中でエフフォーリアはいつものように好位に付けてレースを進めた。
無敗の皐月賞馬をマークするかのようにすぐ後ろにはクリストフ・ルメールが騎乗するサトノレイナスが付け、その隣に昨年のダービー騎手、福永祐一が跨るシャフリヤールがいた。
3コーナーを過ぎたころ、ルメールが動いた。
その姿はまるで4年前のダービーでレイデオロとともに仕掛けていったときのように。
ウオッカ以来、14年ぶりの牝馬によるダービー制覇は馬主、調教師にとって悲願でもある。自身が4年前に勝ったときとほぼ同じ位置からサトノレイナスを押し上げていった。
末脚のキレ味ならば牡馬にも勝るこの世代随一の切れ者、直線でその導火線に火をつけるはずだ。
サトノレイナスの動きに触発されたかのように同時に動いていった馬たちもいた。その中にはダービー5勝を誇る武豊が乗るディープモンスターもいた。ダービーを勝つことに関して言えば、誰よりも熟知している男が愛馬を動かしていった。
この時の武豊とルメールの手綱捌きはまるで「武史、ダービーの勝ち方、知ってるか?」と言っているかのようだった。
3角過ぎからの各馬の仕掛けについていかなかったエフフォーリアはここで後退。4コーナーを過ぎたのはこれまでで最も後ろとなる9番手だったが、自分たちの信念を貫いた騎乗に少しの不安もなく映った。
迎えた最後の直線、エフフォーリアは馬群がばらけたところに進路を見出してスパート。残り300mを過ぎた地点で早めに先頭に立った。
あとはいつものように押し切るだけ。先に動いた分、サトノレイナス、ディープモンスターは伸びを欠き、他の馬たちはそのさらに後ろ。もう迫ってくるものは何もない。あとは誰よりも早くゴールにたどり着けばいい―― 横山武史はそう思いながら、懸命に追ったことだろう。
だが、残り200mを過ぎたころ、エフフォーリアに迫ってきた人馬がいた。
シャフリヤールと福永祐一だ。
さかのぼること3ヵ月前の共同通信杯、シャフリヤールの2馬身半ほど前にエフフォーリアはいた。
後方から懸命に追い込み、上がり3ハロン33秒4というキレのある末脚を見せたシャフリヤールと同じタイムの上がりを使って、後の皐月賞馬は3番手から突き抜けた。完成度の違いを見せ付けられるかのようにシャフリヤールは敗れた。
しかし、生まれ持ったポテンシャルはただものではないことをシャフリヤールは毎日杯のレコード勝ちで示した。直線の広いコースを求め、皐月賞を蹴ってダービー1本に照準を絞ってこの日を迎えていた。
そして鞍上は昨年のダービー騎手であり、すでにこのレースで2勝している福永祐一。ダービーを勝ちたいという思いが強く出て、早めに動いて先頭に立った22歳の若武者とそれを待っていたかのように追い出す44歳の大ベテラン。その構図はまるで8年前のダービーのようでもあった。
このレースで福永はエフフォーリアの父、エピファネイアに騎乗していったん先頭に立ったものの、ゴール直前で大外から武豊とキズナに交わされ2着に敗れた。ダービーを勝ちたいばかりに焦り、やや早仕掛けになってしまった横山武史の姿にかつての自身の姿を重ねたことだろう。
そんな福永も、馬上から横山武史にこう聞いていたように見えた。「武史、ダービーの勝ち方、知ってるか?」と。
2021日本ダービー シャフリヤールが優勝 写真:日刊スポーツ/アフロ
結果、シャフリヤールとエフフォーリアはゴールまで残り50mを過ぎたところで並び、そのままゴール。最後はクビの上げ下げで写真判定に持ち込まれたが、ゴール直後の両騎手の様子を見比べるとどちらが勝ったかは明らかだった。
レース後のインタビューで「厩舎一丸で目指してきたレースを制することができて嬉しい」と語ったのは福永。昨年のコントレイルに続き、史上3人目となるダービー連覇を果たしたが、インタビューで口にしたのは初めてダービーを勝ったときのパートナー、ワグネリアンだった。
「大きな自信をワグネリアンにもらいましたし、その経験をその後の騎手人生に生かせている。このあとダービーを2勝できたのも、ワグネリアンでの勝利があってのものだと思う」
父・洋一が果たせず、福永家の悲願とも言えるダービー制覇を成し遂げた3年前の勝利があったからこそ、今回のシャフリヤールの快走につながったのは間違いないだろう。
8年前の惜敗も、3年前の勝利もその経験はすべてこの日の糧となった。3歳の頂点に立ったシャフリヤールと福永祐一は今後、挑戦するのではなく、挑戦者を迎える立場へと変わるがいったいどんなレースを見せてくれるのだろうか。
一方、あと一歩届かずに敗れたエフフォーリアと横山武史。その無念は我々の想像以上のものがあるが、この悔しい経験を糧にして人馬ともにもう一回り成長することを期待したい。
そう、8年前にダービーで2着に敗れた福永祐一とエピファネイアが秋の菊花賞で大輪の花を咲かせたように。
■文/福嶌弘