『松坂世代』野球が培った誇り、野球の枠を超えた絆

松坂大輔 写真:望月仁_アフロ
そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない
松坂世代。
その呼び名をいち早く口にし、世に広めた スポーツライターがいる。
『矢崎良一』は松坂世代を高校生の頃から追ってきた。松坂はもちろん、ライバルたちも同じプロ野球の舞台に上がってきた漫画のような話。
同い年の男たちが紡ぐ物語に興味は尽きず取材は膨大になった。
松坂世代・最強打者、村田修一
松坂世代と他人の名前で呼ばれることに抵抗はないのか?
村田「僕は好きですね。一緒に盛り上げてきた、プロ野球界を引張ってきたという自負もありますしその世代で皆で頑張ってきたというのは凄く誇りに思っています」
村田は高校時代、投手だった。背番号1を背負い、春の甲子園へ。松坂と投げ合って分かった。格が違った。
投手としてはかなわない。
だからその世代のバッターとして一番になろうと決めた。
現役通算1865安打、ホームラン360本の松坂世代・最強打者を生んだのは松坂大輔だったのだ。
松坂キラー・大西宏明
松坂キラーと呼ばれた大西宏明は現在大阪で焼肉店を営んでいる。
PL学園の主軸。
松坂とは延長17回にまでもつれこんだ伝説の準々決勝を戦う。延長11回の同点打を含む3安打を放ち松坂キラーと呼ばれた。
その後、大学を経てドラフト7位で近鉄バファローズへ。パンチ力ある打撃を売りに9年間のプロ生活を送った。
大西「松坂世代 という言葉はすごい嬉しいですよ。ありがたいです。同じ時期に野球できたのは誇りで自慢です」
その絆を松坂もまた大切にしている。
3年前のオールスター戦。松坂が先発した当日に...
大西「某TV局の番組の無茶振りですね。今日オールスター大阪でやっているから松坂君呼んでよってプロデューサーに言われて連絡したら彼の心意気で本当に来てくれた」
登板を終えた足で来店。友情に応えることが、松坂の流儀なのだろう。
時同じくして大西はもう一つの顔を持つ。第二の人生は野球から離れると決めた、はずだったが。独立リーグ関西、堺シュライクスの監督に就任したのだ。
チームは2年連続でリーグ優勝を遂げた。大西の発奮材料はやはり松坂だった。怪我から復活しオールスターにも出場した姿に励まされたという。
大西「松坂のおかげですね。もがきながら野球を続けている姿 引退していたら僕は堺シュライクスの監督していなかったと思います」
愛称はゴメス・後藤武敏
夏の甲子園、優勝の瞬間。
松坂に飛びついて喜びを爆発させたのが後にゴメスの愛称で慕われる後藤武敏だった。
横浜高校 甲子園優勝 写真:毎日新聞社アフロ
プロ入り後は西武と横浜で活躍。通算52本塁打を打ちプロ生活は15年に渡った。
後藤「僕は良かったと思います。お互い切磋琢磨出来るのが松坂世代の良い所。そういう所でやれたのは凄く幸せなこと」
後藤が引退を発表した4日後。
怪我から復活した松坂はシーズン6勝目を挙げる。そのお立ち台で松坂は...
松坂「同世代の村田、後藤、杉内君が引退を発表して「僕はもう少し頑張るよ」という決意表明の日にしたいと思っていました」
後藤はその発言をテレビで知り、気づいたら涙があふれていた。
後藤の引退試合。
ファンへの挨拶で、走り切った現役生活をどんな言葉で締めくくるか。後藤の思いは一つだった。
後藤「松坂世代の一員としていられたことに感謝し今日引退します。本当に今までありがとうございました」
この日、対戦相手としてその場にいた松坂が泣いていた。野球で泣いたことがない男が友のために泣いていた。
後藤「そういうのを(松坂は涙)見せないタイプ。引退試合で泣いてくれるなんて思ってもみなかった。 僕自身もそれを見て余計に涙がでてきた」
松坂世代という言葉は、野球が培った誇りであり野球の枠を超えた絆である。
だから、松坂世代という呼び名をこれからも使わせてほしい。