FCティアモ枚方監督・小川佳純 35歳で始めた監督業、ストイコビッチに学んだ勝負哲学を引っ提げ悲願のJFL昇格へ

サッカー

2021.2.10




そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

Jリーグのクラブが都心にオフィスを持つ大企業なら、彼らは郊外で発展を夢見る町工場のようなもの。FCティアモ枚方は24人の選手を抱えるサッカークラブ。J1から数えて5部に当たる地域リーグに所属し、将来のJ1昇格を夢見ている。

去年1月に就任した監督の名は小川佳純。決まった練習場所はなく市営グラウンドを転々とする毎日。待遇は決して良いとは言えない。監督とて同じで、下働きまでこなし報酬は同年代のサラリーマン程度。ボール磨きまでする環境を覚悟の上で監督を引き受けた。

35歳での決断

小川は華やかな世界も経験した身。かつては名古屋グランパスに所属し、J1で300試合以上に出場するなど人気選手として活躍した。だが三十代になってケガが増え、一昨年の出場はわずか5試合。オフに契約終了を言い渡された。

当時35歳。このまま引退していいのかを深く悩んでいたところ、旧友からの連絡で運命が動いた。名古屋グランパスの同期で、ティアモ枚方のゼネラルマネージャーを務める巻佑樹から誘われたのだ。



【動画】元J1名古屋「10番」FC TIAMO枚方・小川佳純監督、JFL昇格への激闘を追う

巻は小川のやり抜く性格にほれ込んでいた。そして、かつての戦友の身の上を案じ、助けたい一心で声を掛けたという。小川には監督ライセンスがなかったが、地域リーグでは必要ない。

ならばと、小川は引退を決め、監督になる。結果を出すために追い込みたいと契約は1年と決めた。

ストイコビッチから学んだ勝負哲学

始まった第二の人生。監督という初めての仕事。まずは自分なりに研究を重ねた。そしてひとつ具体的な理想を持った。それが・・・「マリノスのサッカー」

監督が変わればチームは変わる。おととし15年ぶりに優勝した横浜Fマリノスはポステコグルー監督のもと革新的サッカーを実現させた。ボールを常に支配し、攻め続けるサッカー。小川はチームの未来像をそこに定める。

小川の現役時代、当時のグランパス監督はストイコビッチ。監督デビューを果たしてすぐにチームの黄金期を作ったストイコビッチから、小川は勝負哲学とリーダー像を学んだという。

「ネバーギブアップ」

小川は選手にその精神を説き、自分には「一年目だってできる」と言い聞かせた。

チームには大企業をリストラされた職人のような選手が大勢いる。現役をやめても何かが残り未来につながるように。言うならここは男たちの再生の場でもある。



JFL昇格への戦い

昇格への戦いが近づいた。理想はFマリノスのような攻撃的サッカーだが理想ばかりを追うと行き詰る。小川はまず現実を見て弱点を埋めることにした。

確実に勝つための道筋に見えたのは守備の穴だった。ディフェンダーに若手が多く、裏を突かれての失点が目立っていたのだ。そこを変えたい。攻撃サッカーという理想は持ちながらも、手堅く守るべき局面があることを練習で諭し続けた。効果は目に見えて出る。去年に比べ平均失点が著しく減ったのだ。チームは変わりつつある。

悲願のJFL昇格へ。11月、同じ目標を持つ12チームが淡路島に集結した。一次ラウンドは、4チームの総当りで1位なら通過できる。

1戦目、敵は死に物狂いで襲い掛かってきた。昇格して生活を変えたい。執念と執念がぶつかり合い、引き分けに終わる。翌日の2戦目は見事勝利し、4チームの中で首位に立つ。明日勝てば決勝ラウンド進出。



小川は宿舎に帰るとすぐにパソコンを取り出し相手チームの分析を始めた。試合を観戦して取ったメモと録画映像を頼りに、どう攻めるか、付け入る隙を探す。その結果、相手は中盤と最終ラインの間にスペースができることが分かった。ここを狙いたい。

すると翌日、その穴を突いてチャンスメイク。守備も光って完勝。決勝ラウンドに駒を進めた。

決勝ラウンドは4チームで戦い上位2チームがJFL昇格を手にする。現役への未練を断ち切って始めた監督業。覚悟を決め、ビジョンを描き、謙虚に取り組むその姿は大きなうねりを起こしてチームを波に乗せていた。

夢を叶えた男たち

決勝リーグ2戦目。悲願達成へ最大の正念場が来る。1点を追うティアモ枚方。アディショナルタイムの4分が半ばを過ぎたその時だった。

「ネバーギブアップ」

これが男たちの力。価値ある引き分けを勝ち取った。次の試合も引き分け、ティアモ枚方は1位で大会を終えた。

JFL昇格という夢を男たちは叶えた。



そしてまた挑戦の日々。

小川は将来、Jリーグの監督になることを見据え、指導者講習会に参加した。目指す目標がある幸せを今、噛み締めている。