【サッカー界の至宝】プレーへのこだわりを貫いたイニエスタ 神戸ラストゲーム

イニエスタ Photo by Hiroki Watanabe/Getty Images
ヴィッセル神戸MFアンドレス・イニエスタ選手が7月1日、Jリーグでの戦いに終わりを告げた。ホームで行われたJ1リーグ第19節のコンサドーレ札幌戦に今季初先発で出場し、ファンの熱い声援を受けながら後半途中までプレー。
試合後には退団セレモニーでファンへの感謝を繰り返し、プレーにこだわる元スペイン代表MFの思いが溢れたラストゲームとなった。試合は神戸が終盤に追いついて1-1で引き分けた。
今季J1リーグ4試合目、2018年7月22日のJリーグデビューから114試合目で、イニエスア選手は日本での挑戦に終止符を打った。39歳1ヶ月20日での出場はクラブ歴代3位の最年長出場記録だが、試合前のウォームアップでも軽やかにボール回しを披露し、正確なシュートを繰り返す。
今季は出場機会に恵まれず、それが退団につながったのだが、条件が整えば6月の古巣FCバルセロナ戦で見せたような、滑らかで的確なプレーでチャンスをお膳立てする。どこにも力みを感じさせない、まるで呼吸をするような自然体で試合を作ってきた。
イニエスタ選手の神戸のユニフォーム姿の見納めに、ノエビアスタジアムには「満員御礼」の27,630人のファンが駆け付け、試合前からイニエスタ選手へのチャントが繰り返しこだまする。キックオフ直前には観客がチームカラーで作り出した「背番号8」のユニフォーム姿が、バックスタンド一面に大きく浮かび上がった。
「最後の試合だが、これまでと変わらず、チームに貢献するプレーを見せたい。自分のプレーを楽しんでワクワクしてもらえたら」
試合を前にそう話していたイニエスタ選手は、前半34分、相手DFの裏を狙って右サイドを駆け上がったDF酒井高徳選手へふわりと優しいパスを通し、直後のFKではペナルティエリア左へ抜けるDF本多勇喜選手へフィードを送った。
さらに前半36分には、左サイドでMF汰木康也選手とのコンビネーションで崩すと、ペナルティエリアに切り込み、相手選手3人に囲まれながら右足を振った。
ハーフタイム後は、後半開始から交代出場したFW大迫勇也選手が獲得したFKのチャンスにキッカーを務め、相手の裏を狙うDFマテウス・トゥーレル選手、本多選手、大迫選手へキックを送った。そして後半12分、万雷の拍手のなか、交代を告げられてピッチを出ると、深々とピッチへ向かってお辞儀をしてベンチに退いた。
その後、イニエスタ選手がベンチから戦況を見守るなか、チームは後半40分にDF初瀬亮選手の右CKにトゥーレル選手が頭で合わせて得点。前半26分にFWスパチョーク選手に決められた先制ゴールを帳消しにして、1-1の引き分けに持ち込んだ。イニエスタ選手の最後の試合で、チームにとって優勝戦線に絡み続ける上で負けられない一戦で、勝ち点1を手にした。
札幌戦後に行われた退団セレモニーでは、札幌サポーターも見守るなか、チームメイトが作った花道を抜けてピッチ中央へ進むと、Jリーグの野々村芳和チェアマンや神戸の三木谷浩史会長などから記念品が贈られ、4人の子供たちと夫人から次々と花束が手渡された。
イニエスタ選手はスピーチで、「5年前に神戸に来たときに、この旅がこれほど美しく感動的なものになるとは思いもしなかった。大切な思い出として持ち帰りたいのは、日本に来た初日からみなさんが示してくれた愛情とリスペクトだ。私個人、そして家族を代表して感謝したい。私は2018年に神戸を大きなクラブにすると約束してやってきたが、それは達成できたと思う」と語り、最後は「アリガトウゴザイマス、ミナサン」と日本語で結んだ。
サッカーを続けることへのこだわり
イニエスタ選手は2018年7月から神戸でプレーを続けてきた5年の間に、2019年には天皇杯優勝でクラブは初タイトルを獲得して2020年AFCチャンピオンズリーグ(ACL)に出場。初挑戦となったアジアの舞台でベスト4に進出した。2021年はJ1リーグで3位に入って再び2022年のACLに挑戦。決勝トーナメントに進出して8強入りを遂げた。
だが一方で、神戸はリーグ戦では2018年10位、2019年8位、2020年14位と中位以下に終わることが多く、安定した戦いを見せることができない時期が続いた。2021年は3位に入ったものの、主力選手がクラブを離れるなどもあり、翌年は最下位に沈むという乱高下が続き、昨年は1シーズンで4人の指揮官を迎える交代劇が続いた。
そのなかで昨季6月末に3度目の就任となった吉田孝行監督の下、結果を求めるチームはボールをつないで相手を崩すスタイルから縦に速く攻めるサッカーへ変貌。今季はこの日の札幌戦で18試合を終了して11勝4分3敗で勝ち点37。引き分けで2位から3位に1つ順位を落としたが、優勝争いを狙える上位につけている。
プレースタイルの変更で結果が出ている形だが、それがイニエスタ選手の出場機会減少につながり、日本でユニフォームを脱ぐつもりでいた元スペイン代表がサッカーへの思いを再認識することになった。
「自分はここで引退する姿を想像してきた。だが時に物事は希望や願い通りにいかないものだ。自分には、まだサッカーを続けてピッチで戦い続けたいという思いがある」
5月25日の退団発表会見でイニエスタ選手はそう語っていたが、FCバルセロナ時代にはUEFAチャンピオンズリーグやFIFAクラブワールドカップなど数多くのタイトル獲得に貢献し、スペイン代表でも優勝した2010年ワールドカップ(W杯)をはじめ4度のW杯など常に世界のトップを走り続けてきたイニエスタ選手の、選手としてのプレーへのこだわりであり、プライドであり、サッカーへの強い思いの表れにほかならないだろう。
試合後、神戸を去って新たな挑戦に進むことにした心境を改めて語った。
「この数か月は、自分でも消化するのが難しかった。と同時に、この状況が次へ向けてのモチベーションにつながった。日々、自分はまだできる、選手として戦える、チームに貢献する準備ができていると感じてきた。ただ、監督はそのようには考えていなかった。だから、新天地でサッカーを続けていきたい。ここに残っていたらそれを達成するのは難しいだろう」
ラストゲームは5月7日以来の出場で今季カップ戦を含めて6試合目。試合前に「コンディションは問題ないし、数か月間ずっといい練習を続けてきた」と話して臨んだ最後の57分間のプレーについては、「もっとできたと思う」とコメント。
「現実として、自分はこの4~5ヶ月間は継続的にチームに絡めていない状況だったが、そのなかでも最大限の貢献ができるように自分のすべてを出し尽くした。ここまでやってきた誇りと達成感がある」と振り返った。
4年間、プレーを共にした酒井選手はイニエスタ選手が与えた影響について「計り知れない」と指摘。「アンドレスのキャリアに関われたことは大きく、人として関われたことは財産になったいる」と語り、トゥーレル選手も「彼が僕らに遺してくれた贈り物を自分たちの道のりに活かしながらやっていかなければいけない。一緒にプレーできた選手として、これからも神戸のために戦っていきたい」と話した。
イニエスタ選手は新天地について、「もう少し待たなくてはならない状況。どこになるかはまだ分からない」と答えるにとどめた。だが、日本で過ごした5年間について、「人として成長できた面があるし、選手はプレーし続けるために常に生まれ変わっていかないとならないが、その意味でも自分はこの5年で成長できたと思っている」と胸を張った。
多くの人々を魅了してきた「背番号8」が、神戸から新たな挑戦へ旅立った。
取材・文:木ノ原句望