総力取材!世界の沸騰現場から...日本の未来が見える
- NAVIGATOR
- 鎌田靖
2015年6月29日放送
常に変化・進化を続ける世界経済。「未来世紀ジパング」取材団は、変化の起きている“沸騰する現場”に直撃取材!日本ビジネスマンが見たことのない世界の今をレポートする。
そして、スタジオでは遠くに思える世界の現場と日本の繋がり、さらには日本の未来にどう影響があるのかを分かりやすく、かつ専門的に解説。
東欧の美しい国ハンガリー。ノーベル賞受賞者は人口比で世界一という天才国家だ。
そんなハンガリーではなんと"そろばん"教育が盛んだった。さらにハンガリーの国民車といえば、日本のスズキ。約25年前に進出、マイカーブームを起こしハンガリーの人たちの誇りとなっていた。そして今、牛角でおなじみの日本企業が、ハンガリーの「幻の豚」に目をつけ勝負に出ようとしていた。それは、なんと"食べられる国宝"だった。
ハンガリーと日本には意外な共通点がいくつもある。ひとつは温泉、ブダペストにはまるで宮殿のような豪華な建物の中に巨大な露天風呂があり、一度に2000人以上も入浴できる。さらに、お辞儀の習慣まであった。また、名字と名前の順番が日本と同じなのは、ヨーロッパではハンガリーだけ。さらに驚くべきは、300校以上の小学校で“そろばん”が使われていた。しかし、そのそろばんにはある問題が…。
1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊した。東西冷戦の終わりを告げる歴史的瞬間だった。実は“ベルリンの壁”崩壊のきっかけは、ハンガリーにあったという。どういうことなのか?オーストリアとの国境にある街ショプロンで、“ベルリンの壁”崩壊の3か月前に極秘で西側への脱出劇が仕組まれていたのだ。計画の名は「ヨーロッパ・ピクニック」。その計画を間近で目撃した日本人がいた。
1991年、自由化直後のハンガリーにいち早く進出した日本企業があった。自動車メーカーのスズキだ。自由に車を買えなかったハンガリーの人たちにとって、スズキは国民車となった。「夢の車だった。ハンガリー人の夢の車なんだ」それだけではない、自動車づくりのノウハウを一から教えたのだ。スズキのハンガリー工場では「小、少、軽、短、美」というスズキのスローガンがハンガリー人たちに受け継がれていた。
2004年、ハンガリー政府が「食べられる国宝」と正式に認定したものがある。それは、マンガリッツァ豚と呼ばれる豚。一時は198頭まで激減したという幻の豚だ。政府はこれを手厚く保護し、貴重な輸出品とすることを国策としたのだ。そんなマンガリッツァ豚に目をつけたのが、日本で300店舗以上展開する「しゃぶしゃぶ温野菜」だ。期間限定の目玉商品として、「食べられる国宝」にこだわっていた。その驚きの肉質とは?
“食べられる国宝”マンガリッツァ豚
一橋大学社会学部、経済学部卒業。ハーバード大学歴史学博士号取得(PhD.)。
1995年一橋大学商学部産業経営研究所教授、97年より同大学イノベーション研究センター教授。現在、プレトリア大学日本研究センター所長、六本木アカデミーヒルズ日本元気塾塾長、季刊誌『一橋ビジネスレビュー』編集委員長も務める。
最近、「未来世紀ジパング」に出演できると持ちかけて、多額の金銭を要求する業者があるとの情報が寄せられました。
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