タカラトミー 代表取締役社長
富山 幹太郎(とみやま・かんたろう)
RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
<1000に3つを掘り起こせ!>
「おもちゃ業界のヒットは1000に3つしか生まれない」?富山の口癖だ。
何がヒットするか誰にもわからない世界で、一体どう安定した経営を行えるのか。富山は1000の中から3つのヒットが生まれた後にこそ注目する。テレビゲームに負けない情報量をおもちゃに盛り込み、定番商品さえ日々改善の手を緩めない。そんな中、今年1年を占う商談会が開かれた。約1200点の新製品からロングセラーは生まれるのか!?
<目に見えるものは変わる。目に見えないものを見よ>
1986年、プラザ合意後の円高不況の中、経営危機にあったトミー。32歳の若さで社長に就任した富山の仕事は、4つあった国内工場の内3つを潰し、1000人近くいた従業員の内、600人を解雇することから始まった。祖父の代からお世話になった先輩たちの遺産を潰す日々。このときから富山の終わりなき経営改革は続いている。「工場など目に見えるものは変わる。客の信頼や企業理念など目に見えないものを大切にしたい。」ニッポンのおもちゃづくりを守りたい。誰よりも思いを深める富山はベトナムに向かった。
<執念で商品は生まれ変わる>
旧タカラが販売した現代版ベーゴマ「ベイブレード」は、世界で1億6000万個を売り上げる社会現象に。しかし、ブームの終息とともに、今の子ども達には見向きもされなくなった。タカラトミー合併後ベイブレードを復活させるべく集められた開発チームは、子どもたちの価値観の変化に気づく。そして、ゼロからの作り直しが始まった。更に、旧タカラ製品を代表する、あの「チョロQ」は今?富山流の経営術は、旧タカラ製品にどう影響を与えたのか!?
ゲストプロフィール
富山 幹太郎
- 1954年東京生まれ。英国のハル大学卒業後82年入社。86年32歳で社長就任。経営危機にあったトミーで国内4工場中3工場を閉鎖する大規模なリストラを敢行。06年には、タカラと合併しタカラトミーの社長に就任。
村上龍の
編集
後記
富山さんには、町の玩具屋さんみたいな優しさと、どこか憂うつそうな表情が同居していた。好きこのんでリストラを行う経営者はいない。身を切られるような痛みがあるはずだ。顧客、つまり子どもたちのために、富山さんは会社を存続させた。痛みを伴う使命感と責任は、人を憂うつにする。だが真の優しさは、痛みと憂うつを知ることから生まれる。
















