両備ホールディングス 社長
小嶋 光信(こじま みつのぶ)
そんなジリ貧の地方公共交通を買いあさり、次々と再生しているのが両備グループ・小嶋光信代表だ。成長を競う激しい企業戦争の中、小嶋はなぜ、進んで"貧乏くじ"の経営を手がけるのか?そして、誰もが無謀と思った地方交通再生を成し遂げた、その手腕とは?地方交通の可能性と、その独自の経営戦略を聞く。
社長の金言
社会に尽くすことが企業の存在価値
RYU'S EYE
座右の銘
放送内容詳細
ネコ駅長…!?ジリ貧の地方交通を救える秘密
和歌山電鐵の貴志駅・・・営業距離わずか14キロの小さな駅に日本一有名な駅長がいる。それは猫の駅長たま。この日本一有名な“駅長”の生みの親こそ、両備の小嶋だ。 小嶋は2006年、赤字に苦しんでいたこの貴志川線の運行を南海電気鉄道から引き継ぎ、和歌山電鐵を設立、社長に就任。おもちゃ電車やたま電車などの奇抜なアイデアで観光客を誘うと共に、地域住民のために便数の増発などを行うことで、この瀕死の路線を見事に再生してみせる。 そして同じ年、広島に展開していた中国バスが破たんするや、今度はその経営を引き継ぎ、わずか2年で黒字化に成功。“地方公共交通の救世主”の名を一躍全国に轟かせる。赤字路線を次々と買収しては、再生していく小嶋。小嶋は何故、赤字路線を再生出来るのか。その秘密である“公設民営”という手法に迫る。
企業理念は「社会正義」…その影に岡山藩の忠臣あり
両備グループは創業100年。岡山を中心に、鉄道、バス、タクシーなど様々な運輸関係のビジネスを行う社員7000人の地元の名門企業だ。ところが代表の小嶋は、東京生まれの東京育ち。実は、小嶋が岡山に移ったのは28歳の時、義理の父である両備創業家の社長に請われ、赤字の運輸会社建て直しのためだった。以来、両備グループ成長の立役者となり、事業を拡大し続けてきた。 そんな都会育ちの小嶋が地方交通の再生に目覚めたのは、ある人物との出会いがきっかけだった。その人物とは…江戸時代の人物、岡山藩士・津田永忠。岡山県民さえほとんど知らないこの無名の藩士・津田の驚くべきエピソードが、小嶋の経営観を変えたという。
ゲストプロフィール
小嶋 光信
- 1945年東京都生まれ(65歳)
慶應義塾大学経済学部卒業 - 1968年三井銀行入行
- 1973年両備運輸常務就任
- 1975年岡山タクシー社長就任
- 1999年両備バス社長就任、両備グループ代表就任
- 2004年岡山大学理事就任
- 2006年和歌山電鐵設立、社長就任
中国バス経営引継、社長就任 - 2007年両備ホールディングス社長就任
企業プロフィール
- 総収入:1387億4668万円(平成20年度)
- 企業数:51社(平成22年4月現在)
- 従業員数:7153人(平成21年10月現在)
村上龍の
編集
後記
地方・地域の再生は大事業だ。だから、小嶋さんを生真面目な人物だと勝手に想像していた。実際は、茶目っ気たっぷりで、軽やかな人だった。大事業を成し遂げるには、優れた能力と強靱な意志に加えて、ユーモアを解する柔らかな心が必要なのだろう。機知や機転は生真面目さからは生まれない。きっと津田永忠も、柔らかな心の持ち主だったのではないだろうか。
















