放送内容詳細
被災地の灯台のような施設「輪島カブーレ」とは?
能登半島地震から5カ月余り経つが、復旧・復興はなかなか進んでいない。そんな中、被害の大きかった輪島市にある「輪島カブーレ」は、いち早く日常を取り戻しているかのようだ。温泉に入り、食事やビールを楽しみ談笑する人々の姿がある。しかし聞けば、笑っている家族も96歳のおばあちゃんも、被災して避難所から来たのだという。誰もが、ほっとする時間を持ち、人と話して活力を取り戻す、被災地の希望の場所となっている。何故、このような場が出来るのか?実は、輪島カブーレは、「佛子園」がJOCA(青年海外協力協会)と共に運営している福祉施設だ。福祉を軸に、輪島市の活性化に取り組んできた。いまだ市内は瓦礫が残る。住まいとともに、仕事を失った事業主、飲食店主が大勢いる。雄谷は、復興の第一歩に皆で「屋台村」を始めるのはどうかと提案する。復興の狼煙は上がるのか?
ごちゃまぜの力で孤立を防ぐ
高さ4.7メートルもの津波に襲われた能登町白丸地区。地域には近所の人と声をかけあって、高台に逃げ、助かった人もいるという。頼ったのは、佛子園の福祉施設「日本海倶楽部」だった。日頃からレストランや農作業で交流があり、地域のつながりは、災害時にも活きるのだ。雄谷は、家を失い仮設住宅に入った被災者の、今後の暮らしを懸念している。東日本や熊本で経験した災害関連死の存在だ。熊本では、関連死が直接死の4倍にものぼった。仮設住宅での暮らしは、孤立を招く。新たにコミュニティを作ることは出来るのか?
全国に拡がる佛子園流・まちづくり
福祉事業を軸に地域ににぎわいを取り戻す、佛子園流の街づくりは、全国に拡がっている。鳥取県南部町では、〝ごちゃまぜ〟の力で子育てしやすい環境を整えたが、親世代にもうれしい場が出来たという。
ゲストプロフィール
雄谷 良成
- 1961年金沢市生まれ 金沢大学卒業後、特別支援学校に教員として勤務。青年海外協力隊としてドミニカ共和国で活動。帰国後、北國新聞に6年間勤務。
- 1994年34歳で実家の佛子園に戻り事業を展開。
- 2016年輪島カブーレプロジェクト開始
企業プロフィール
- 創業:1960年
- 従業員:約1000名
- 売上高:約40億円(2023年度実績)
- 本部:石川県白山市 北安田548-2
村上龍の
編集
後記
寺の住職だった祖父が、戦災孤児・障がい児など行き場がなくなった子どもたちを引き取ったことからはじまった佛子園。雄谷良成氏は、その子どもたちといっしょに育った。「ごちゃまぜ」で育ったのだ。能登町に「日本海倶楽部」がある。レストランは地元の人、観光客に人気で、福祉施設が地元に愛される存在に。今回の震災では津波に襲われた地域の人々が日本海倶楽部に逃げてきた。日頃から付き合いがあったため、助け合うことが可能になった。「ごちゃまぜ」で、トラブルは起こる。見守り解決する。面倒でむずかしい。


















